• 社会的価値

2024.10.22

社会的価値の可視化には重要な意味がある

廣田 康人

株式会社アシックス 代表取締役会長CEO

今治.夢スポーツとの協業には、どのような狙いがあるのか。スポーツや今治市が持つ可能性をどのように考えているのか。

今や企業にとって不可欠となった社会貢献活動だが、それを継続していくためには社会的価値と経済的価値の双方を創出する必要があるという。

FC今治さんと協業されているプロジェクトの背景を教えてください。

FC今治さんとはJFL(日本フットボールリーグ)時代から様々な取り組みでご一緒させていただいています。岡田さんをはじめ、今治.夢スポーツの皆さんは同市を舞台にサッカーを中心とした事業で大きな社会的な試みをされています。

人口減少と高齢化が進んでいく日本において、それぞれの地域の方々が生き甲斐を感じたり、地域に新しい付加価値が生まれたりすることで、地方が元気になっていくことが非常に重要です。FC今治さんとのプロジェクトではアシックス内でも若手社員を中心に様々なアイデアが生まれており、その一つがランニングクラブでした。

今年の「第38回 今治里山マラソン」はアシックス里山スタジアムが発着点になるなど、ホームゲーム以外でもスタジアムを活用して人々が集まる場を提供する施策を行っています。ランニングだけでなく、ウォーキング教室も実施しており、ご参加される方の体力に応じて、走ったり歩いたりして健康増進につなげていただければと考えています。

実は近い将来、今治市内にアシックスの事務所兼住居を構える予定です。現場に足を運ぶことは大切ですし、今治は景色が素晴らしく食事もおいしい。サッカー観戦を通じてスポーツの興奮を味わうこともできますから、社員を中心に多くの人が集まれる場を創出し、様々な取り組みを検討していきたいと考えています。

スポーツ団体がパートナー企業とのコラボレーションを検討する際、「私たちを実験台に使ってください」と企業に対して漠然と投げ掛けてしまうケースが多く、まだまだ成功事例は少ないように感じます。それは、スポーツ団体が明確な意思や具体的な施策を持てていないからでしょうか。

今治.夢スポーツさんは岡田さんをはじめとするスタッフの方々が、今治という地域で何がしたいのかを明確に示されていて、私たちはそれに共感してご一緒させていただいています。全ての会社、全ての組織に言えることですが、方針がぶれてしまうと何事にも継続的に取り組むことができません。FC今治さんとのプロジェクトは始まったばかりですが、人々が健康になる場を作って地域を活性化させるという取り組みは非常に価値がありますし、地元企業の方々が前向きに参画されていることも重要な要素だと思います。

率直に申し上げて、人口15万強の今治市は貴社にとってマーケット規模が大きいわけではありません。それでもプロジェクトを推進していく狙いは何でしょうか。

スポーツには大きな可能性があると考えておりますので、まずは今治という地域で何ができるかを確かめたいという狙いがあります。日本、特に地方において人口減少と高齢化が進んでいく中で、スポーツは何ができるのかを実験・検証する作業です。例えば、ランニングクラブのようなスポーツコミュニティが成功するのであれば、今治から他の地域に広げていくことも可能でしょう。

また、スポーツツーリズムでも今治には可能性があると考えています。何と言っても、しまなみ海道という大きな資産があり、素晴らしい景色が広がっています。インバウンド事業としても注目され始めていますし、スポーツ観戦で街を訪れるだけでなく、その地域でスポーツをしたり地元の人々と触れ合ったりと、「面」で施策を展開することが地域の活性化につながるのではないでしょうか。

我々はSROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)分析によって、社会的インパクトを可視化する取り組みを行っています。多くの企業がCSR活動や社会貢献活動に力を入れている中で、何らかの指標によって、その活動の価値を可視化するという考え方についてどう思われますか。

人材の流動化が高まっている状況で必要なことであると思う一方、何を指標にすべきか、まだ明確な答えを持ち合わせていないのが現実です。私はアシックスを魅力的な人たちが働きたいと思える場所にしたいと考えており、会社の社会的な存在意義を高めることは、会社に対する社員のロイヤリティ向上に密接につながると考えています。

2020年10月に発表した「VISION2030」の策定では、役員以上は口を挟まないようにし、若手や中堅社員を中心に進めてもらいました。階層的な会社組織の決め方をすると、どうしても面白くなくなってしまいがちです。その分、役員には中期経営計画の策定に力を入れてもらいました。3年後のあるべき姿を検討し、その実現のために作戦を練るという仕事です。

VISION2030は、まさにアシックスの社会的存在意義が何かを定義したものですから、それがどう進んでいるかを可視化する作業は非常に重要だと思います。ビジョン策定に関わった社員のモチベーションにつながり、帰属意識の向上や課題発見のきっかけにもなるでしょう。また、次やその次の中期経営計画を検討する際にも役に立ちます。

もちろん、企業としては多くの収益をあげることも大切です。なぜなら、世間がアシックスの社会的な存在意義を認めてくださったからこそ、商品やサービスを買ってくださるという見方ができるからです。

スポーツ団体の社会貢献活動はボランティアの域を越えてはいけないという風潮を感じることがありますが、彼らが貴社のような民間企業と一緒に価値を生み出し、エコシステムを構築することが重要ではないかと考えています。

おっしゃるように、お金が回らないと持続性がありません。寄付だけで成り立つ団体や施策があっても良いと思いますが、地域を巻き込んで事業を展開するような場合、お金の話は避けては通れません。事業として利益が出て初めて、様々な施策が継続できるという現実を理解することが非常に重要だと思います。

近年パーパス経営という言葉が使われるようになりましたが、何らかの指標で可視化されることで、我々のブランド・スローガンであり社名の由来でもある「Sound Mind, Sound Body」が本当に実践されているかが試されますし、それがビジョンの実現や継続的な社会的インパクトの創出につながるのではないでしょうか。

FC今治さんとのプロジェクトをはじめ、アシックスとして取り組んでいる活動が社会的にどのような価値を持つのかを可視化することは、メンバーのやりがいにもつながると思いますので、ぜひ貴社のお力を借りたいところです。良い面だけでなく課題も含め、客観的な視点で分かりやすく伝えていただけると、非常に価値があると思います。

社会貢献という軸で、他にはどのようなことに注力されていますか。

大きなテーマとして温暖化対策を意識しています。このまま気温が上がり続けると外で運動ができない環境になってしまい、弊社としては大きな影響を受けます。ですから、「温室効果ガス排出量実質ゼロ」の実現に向けた取り組みの一環として、温室効果ガス排出量を低減したシューズやリサイクルが可能なシューズの開発などに力を入れ、温暖化対策に少しでも貢献したいと考えています。

例えば、このシューズ(※写真)のインソールには製品ライフサイクル(材料調達・製造・輸送・使用・廃棄)で排出される温室効果ガス排出量(カーボンフットプリント)が記載してあり、QRコードを読み込んでいただくと回収の依頼をすることが可能です。リサイクル可能なシューズの場合、お客さまにご購入いただければ経済的利益が生まれますし、シューズをリサイクルに回していただくことで社会的価値も生むことができます。経済的価値と社会的価値を共存させることが必要ですし、お客さまを巻き込んで、その取り組みを加速させていくことが重要だと思います。

今後、多くの企業に社会貢献が益々求められていくと思われます。

求められているというレベルではなく、企業が取り組むべきことの一つに含まれていると思います。言い換えれば、「社会貢献」を切り分けて考えずに、企業活動の一項目だと考えるべきでしょう。自戒を込めて申し上げると、それができない企業は存続できなくなると言っても過言ではありません。

そして、その活動を社会に対して明確に示すべきだと思います。会社の重要な施策として株主からお預かりしたお金を使って取り組んでいるからには、様々なステークホルダーに対する説明責任があるからです。そういった視点においても、企業が生み出す社会的価値の可視化には重要な意味があるのではないでしょうか。

 

※10/8(火)公開の前編は、こちら

 

プロフィール

1956年生まれ、愛知県出身。1980年に三菱商事に入社し、広報部長や総務部長等を経て2010年に執行役員総務部長に就任した後、代表取締役 兼 常務執行役員 コーポレート担当役員 兼 関西支社長等を歴任。2018年1月アシックスに顧問として入社し、同年3月に代表取締役社長COO、2022年3月に同社代表取締役CEO兼COO、2024年1月に代表取締役会長CEOに就任。50歳からランニングを始め、フルマラソンのベストタイムは3時間53分。

Recommend

keyword

Back to Index