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2023.10.10

誰が強化部を“強化”するのか

「フロント」とは誰のことか

本記事は本サイト内、「Curation」にある「モンチからマートーへ:サッカーの強化幹部クラスの台頭」に対する考察記事である。

プロスポーツクラブが試合に勝ったとき、リーグ戦やカップ戦で優勝したときに称えられるのは誰か。多くのサポーターが試合を戦った選手たち、そして、その選手たちを率いた監督を称えるのではないだろうか。

では、試合に負けたときや優勝を逃したとき、下部リーグに降格したときはどうだろうか。サポーターは監督や選手の責任だと声を上げることもあるが、クラブを運営する「フロント」の責任を問う声を上げることも多いだろう。

今回の参考記事中において、「誤った意思決定や選手の獲得に失敗した際は、スポーティングディレクターが批判される」とあるように、クラブの成績の責任を問われる者がフロントにいることは事実だが、フロントスタッフの役割分担は様々であり、「フロント」という言葉で一括りにはできない。

日本のサッカークラブにおける「フロント」は、誰のことを指しているのか。私の経験上、トップチームに限らず、アカデミーやスクールの選手や監督、コーチといったスパイクを履いてサッカーの現場にいる人々は、フロントの人間ではない。逆を言えば、日常的にスパイクを履いて現場に出ることない人々は、フロントの人間であると言える。

例えば、経理、広報、スポンサー営業の担当者など、サッカーの現場に直接関与しないスタッフがフロントの人間であることはイメージしやすいだろう。彼らは法人としてのクラブ経営における責任を負っているが、クラブの成績に対する直接的な責任は負っていない。

一方で、サッカーの現場に関与するフロントスタッフもいる。例えば、スカウト担当と呼ばれるようなスタッフだ。彼らの多くは「チノパンを履いて」仕事をするが、選手の獲得や放出という形でサッカーの現場に関与している。前者のフロントと対照的に、彼らはサッカーの現場、成績に対する責任を負う、日本ではGM(General Manager)を筆頭とした強化部という呼称で組織編成がなされることが多い部門である。

クラブ強化に必要なのは経験則ではない

参考記事の中ではsporting directorやdirector of football、director of football operations、technical directorなどの役職名が挙がっていたが、強化部は日本で言うGMを筆頭に、クラブを強くするため、そしてサッカーを通じた収益を獲得するために、クラブが定めたコンセプトや目指す姿から逆算し、中長期的なプランに基づいて必要な業務を行う。

例えばtechnical directorは、トップチームだけではなく育成年代も含めて、全体を見渡す視点でスカウティングを行う。短期的な選手補強だけでなく、中長期的な視野で育てるべき育成年代の選手獲得を行うことも彼らの仕事だからである。

一方でdirector of footballは、トップチームの選手補強に集中するだろう。なぜなら、彼らの役割は選手の獲得や放出、あるいは契約更新の際に選手自身や相手クラブとの交渉を行う役割を担っているからだ。

上記はどちらも、日本ではスカウトと表現される業務を担っているが、参考記事では、欧州ではあまり「試合を観ない」で「弁護士と調整」をしたり、選手の移籍費用の「償却を計算」したりしていることが多いことに触れている。

彼らはコンセプトに沿った選手を獲得するために、まずはコンセプトを十分に言語化して、さらに数字に落とし込んで、選手獲得の指標を作っているからだ。その指標と実際の選手データを突き合わせてアプローチする対象を絞り込み、これまでの選手移籍金額のデータを参照に、適切な選手価値をはじき出して交渉に臨んでいるのである。

シェフィールド大学で情報学の学士号を取得したMichael Edwardsが実績を出していることに象徴されるように、このようなアプローチに必要なのは、情報を適切に分析する能力であり、トップレベルでのサッカーのプレー経験や指導経験を基にした経験則ではない。Edwardsもプロ選手を目指していたものの夢はかなわず、トップレベルでのプレーや指導の経験はない。

人材の流動性が発展のカギに

日本のクラブにおける強化部は、この分野において大きな伸び代があると言える。なぜなら、まだコンセプトを十分に指標化したり、選手の価値を適切に計算し始めようとしたりしている途上で、過去の実績や名声がある選手を獲得したのに、チームコンセプトにはまらず活躍できないことがあったり、有望な選手が非常に安価で海外クラブに移籍し、その何倍、何十倍もの高値でさらに移籍してしまうことがあったりするからだ。

この状況を改善するために、日本サッカー界の強化部を担っている人材が情報を分析して活用できるように成長していくことだけでなく、情報を適切に分析して活用できる人材をサッカー界に登用していくことが必要であると考える。

他業界、他事業において優れた仕事をしてきた人材にとっては、情報分析とその活用の対象がサッカーに置き換わっても力を発揮するのは難しくないだろう。サッカー界、スポーツ界に閉じることなく、他の産業同様に人材の流動性をサッカー業界においても確保することにより、優秀な人材がサッカー界に集まったり、すでにサッカー界にいる人材が育ったりするようになる。

そうすれば、選手とクラブのミスマッチが起きず、各クラブがそれぞれのコンセプトに即した選手育成や獲得を実現し、ピッチの上でコンセプトを体現したサッカーを展開する魅力的なクラブづくりが進んでいったり、有望選手の安売りが起こらず移籍金収入をクラブの資金源として確立していったりし、サッカーの質の面でも事業の面でも日本サッカー界が発展していくであろう。

少なくともクラブの成績が伴わないときに、何の原因分析も改善策の提示もなく「フロントの責任」を全うするために代表取締役が辞任するような光景を目にすることはなくなるはずである。

参考記事(出典:The Guardian)

モンチからマートーへ:サッカーの強化幹部クラスの台頭

この記事を書いた人

Shota UJIIE

氏家 翔太 Shota UJIIE

シニアリサーチディレクター

外国語教育関連企業CEOを経て、2019年5月に今治.夢スポーツ入社。同年11月より執行役員。2023年3月にデロイト トーマツ コンサルティングに入社し、スポーツと教育の分野における社会的価値の創出のモデルづくりに注力する。

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