米国のプロスポーツリーグの特徴
本記事は本サイト内、「Curation」にある「効果的なNHLのゼネラルマネジャーとは何か。ケント・ヒューズ氏のメソッド」に対する考察記事である。
まず、この記事を読む上で米国のプロスポーツリーグの設計を理解する必要がある。
幅広く知られている欧州サッカーと比較すると、一番大きな違いはサラリーキャップ制度であろう。基本的に各リーグが設定する金額があり、所属選手の年収の合計をその金額以内に収めないといけない。超過する場合は「贅沢税」を支払う必要があり、それが他クラブの収入となることで、クラブ間の競争を維持している。そのため、富裕なクラブが高額報酬を支払って有名選手を集める、ということは基本的に難しい形になっている。
二つ目の違いは、選手の獲得方法であろう。欧州サッカーでは下部組織であるアカデミーから選手を育成することや、自国・他国の他クラブに移籍金を支払って有望選手を獲得することができるが、米国では基本的に新人ドラフトかフリーエージェント、トレードという形となっている(例外の一つに、MLB [Major League Baseball] ではNPB [Nippon Professional Baseball Organization] など海外で活躍する選手がポスティングという形で移籍する方法もある)。
そのため、米国のプロスポーツリーグでGeneral Manager(GM)というような強化部の担当をする人材は、各々の財務状況に加えて、上記のような各種の制限やルールを踏まえて自チームの強化を進めなければいけないのだ。
選手はチームの資産
自チームの選手や新しい選手を獲得できるドラフト権を、各チームが自分たちの資産(アセット)として扱い始めて久しい。特にMLBでは2000年代からサイバーメトリックスというデータを活用し、選手の能力を数値化するような動きが活発化し始めた。
選手の能力を数値化することにより、自チームの強みや弱みの状況や、それが他チームと比べてどうなのかを客観的に把握することができ、チームの大方針として短期的に優勝を目指すのか、もしくは中長期的な成功を見据えてチームを再構築(Rebuild)していく段階なのかを見極めている。つまり、チームの方針に沿って、自分たちのアセットをどう活用するかを常に考えている。そのため、特に選手としての実績がなくても、その情報を分析し活用することに秀でている人材がGMという役職に就いている。
その結果、大型トレードが頻繁に実行されている。優勝を目指せるチームであれば、将来的な価値の高い選手やドラフト権を譲ってでも今活躍できるスター選手を獲得する一方、3~5年後を見据えて再構築中のチームであれば、タイムラインに合わないスター選手をトレードし将来有望な選手やドラフト権を獲得している。メディアやSNSでは各トレードが吟味され、誰がそのトレードに勝ったのか、負けたのかなどの寸評が行われている。
今回の記事ではNHL [National Hockey League] の一人のGMに注目している。彼は元々、選手のエージェントとして活躍しており、2022年にはチームのRebuildをリードするためにMontreal CanadiansのGMとして活動を始めた。
特殊な経歴を持つ彼は、今回の例ではベテラン選手をアセットとして活用して最大の見返りを求めるのではなく、選手のキャリアや人生のステージに鑑みて地元のチームにトレードする、ということを実施した。これにより、より選手に寄り添った判断をしてくれるチームとしてブランディングを強化し、将来的にこのチームでのプレーを希望する選手を増やしたい、という長期的な策略である。短期的な結果だけを見たら「負け」と言われる可能性はあるが、おそらくそんなことは一切気にしていないであろう。
この夏、NBA [National Basketball Association] のオフシーズンをにぎわせたDamian Lillard選手のトレードとは違う結果となる。彼は所属チームに対して明確に行きたいチームを伝えてトレードリクエストを出したが、所属チームはより自チームの見返りを求め、選手本人の希望ではないチームへトレードした(最低条件はクリアしているが)。実際の見返りについては、複数の選手やドラフト権を多く獲得したことでメディアでは非常に賞賛されたが、長くチームを支えてきたスーパースターへの扱いとしては、先述のGMとは違い、よりビジネス的な考えである。
日本の特徴を踏まえながらの強化部の強化
現状、日本のスポーツ業界では強化部が徐々に立ち上がっている段階であり、まずは自チームの客観的な力の認識、選手の価値の数値化、補強ポイント、そして補強の実行力をつける必要があるだろう。一方で、それを追い求めるだけではなく、人間らしさを踏まえながら推進してほしいところである。
もちろん、これらは各地域やリーグの特徴を踏まえて実行する必要があり、欧州サッカーと米国のプロリーグの強化部でも求められているものが違う。そんな中、日本のスポーツ業界ではどのような形をとれるのかを考える必要があり、これからの成長に期待が掛かる分野である。