英プレミアリーグのニューカッスル所属で、イタリア代表に名を連ねるサンドロ・トナーリ選手が賭博問題に巻き込まれ、約10ヶ月の出場停止となるようだ。これを受けてクラブのスポーティングディレクターであるダン・アシュワース氏の記者会見が行われた。
※参考記事:Curation内「sky sports」より
会見では終始一貫して、トナーリ選手が人としてプロフェッショナルであり、捜査に対して真摯に協力していること、彼がクラブの一員であることが強調されたが、アシュワース氏は強化責任者として様々な問題に対処しなければならないことになる。
アシュワース氏は5,500万ポンドの巨額移籍金で獲得したトナーリ選手に関して、移籍元のACミランや仲介人から適切な情報開示がなされたかについては言及しなかった。これは彼のプロフェッショナリズムの現れではあるが、このまま何の対処もしないわけにはいかない。クラブとして然るべき調査に乗り出す必要があり、場合によっては法的手段に頼らざるを得ないだろう。
契約解除の可能性については言葉を濁したが、クラブとして大きな投資をしていることを含め、種々の複雑な事情が絡んでいるためと思われる。トナーリ選手は違法行為を行っており、一般的に考えれば契約解除となってもおかしくはない。
しかし、選手生命に影響を及ぼす大怪我をしたわけではなく、5年という長期契約を交わしているだけに、トナーリ選手が捜査に協力的である点を勘案すると、彼が罰則を受けて早めに復帰できれば、クラブに貢献してくれるという期待もあるのだろう。出場停止期間中の減俸に関する質問に対しても、守秘義務を盾に、部外者にはプライバシーに踏み込ませない対応を取った。
MOC間での移籍が禁止に?
当然トナーリ選手不在の間、その穴埋めをどうするのかという疑問が出てくる。主力として獲得した目玉選手の代役を、すぐに、安価に獲得することは容易ではない。アシュワース氏は2024年夏に獲得予定だった選手を繰り上げ、来年1月の移籍ウインドウでの獲得を検討していると明らかにした。
実はここで別の問題が浮上する。ニューカッスルのオーナーはサウジアラビア・リーグの4クラブにも出資しており、そのうちの一つであるアル・ヒラルから、ポルトガル代表のルベン・ネベス選手をニューカッスルにレンタル移籍させるのではないかと噂されている。
一見すると問題ないようにも思えるが、いわゆるマルチクラブオーナーシップ(MOC)の同オーナーのクラブ間では、移籍金やレンタルフィーを市場価格に関係なく調整ができてしまう可能性がある。今回、大金を投下したばかりのニューカッスルに潤沢な予算があるとは考えにくく、ネベス選手のレンタルフィーを調整して移籍させる算段ではないかと、うがった見方をされかねない。
MOCが拡大しつつある現在、プレミアリーグでは同一オーナークラブ間でのレンタル移籍を禁止する議論がされており、早ければ来年1月の移籍ウインドウから禁止になる可能性があると言われている。今回の記事だけでは分かりにくいが、この背景を理解しているアシュワース氏は、「現状のルールでは規制はないはずである」と念を押すように発言している。
強化責任者に求められるスキル
今回のトナーリ選手の一件は、様々な角度から強化部ビジネスの重要性を浮き彫りにしたと考える。
まず、公の場での発言を含む、選手への配慮と保護の大切さだ。アシュワース氏は決してACミランや仲介人、選手への不満を公には発せず、クラブ内に留める慎重さを見せた。推測にはなるが、クラブ内ではACミランや仲介人への接触や法的手段の検討も進める必要があるだろう。
次に、トナーリ選手の契約解除の可能性や減俸の検討などについて、現行の契約書をどう解釈するのが最善策かを多角的に考えなければいけない。今回は外国籍選手の問題のため、イタリア捜査当局やイタリアサッカー連盟などとの国際的な連携や協力、コミュニケーションが必須となる。クラブ内の秩序とバランスを取りつつ、出場停止の期間中にトナーリ選手に対して、クラブとしてどのように接するかも決めなければいけない。
さらに、既に大金を投下した後にもかかわらず、迅速な補強が求められる。獲得候補選手についてスカウティング部隊と協議し、当該選手の所属クラブと交渉を行わなければならない。噂どおりに同じオーナーの他クラブの選手を移籍させるのであれば、その禁止を検討しているリーグの規制変更の動きを注視し、対応策の準備も必要となる。
何より、オーナーに対して今回の顛末を報告しなければならない。記者会見でアシュワース氏が強調したのは、本件が寝耳に水だったという点と、この仕事を長年やってきて初めての驚愕のケースだという点だ。選手獲得のプロセスをきちんと見直したいと話していることが、5,500万ポンドも使って獲得した選手が問題を引き起こしてしまった現状を、彼がオーナーに対して説明する重責を担っていることを物語る。
上記のことから分かるとおり、強化部ビジネスはまさにビジネスであり、強化責任者を担う人材に求められる能力は、サッカーや移籍に関連するナレッジは当然だが、それはあくまでミクロの話である。
マクロの話では、人としての常識、冷静さと温かみ、公の場で適切な発言ができるスキル、国際的なコミュニケーションスキル、各種法的な知識、国をまたぐ規制への理解、選手獲得に際する段取りの精度の高さ、ビジネス面も含めたリスク管理、そしてクラブの価値を最も気にするオーナーとのコミュニケーション能力と、これら全てが要求されることを示す一件だと感じる。Jリーグに限らず、日本でも選手の移籍が活性化しているだけに、本件を他山の石とする必要があるだろう。
この記者会見や本稿では触れていないが、他の所属選手、パートナー、何よりファンへの説明に関しても、クラブとして対応しなければならないことは言うまでもない。強化部、事業部、オーナー陣が三位一体となって初めて、強力なクラブが構築されるものだと思い知らされる。