本記事は本サイト内「Curation」にある「モンチを読み解く:アストン・ヴィラの新マネージングディレクターの移籍哲学」に対する考察記事である。
モンチの「哲学」
今年6月にアストン・ヴィラFCのスポーツディレクターに就任した、「モンチ」ことラモン・ロドリゲス・ベルデホ。「The Transfer Wizard」あるいは「The Messi of the Offices」とまで称されるほどに、スポーツディレクターとして成功を収めている彼の哲学とは何か。先日の「Case Study」でも取り上げたように、彼の特徴の一つはスカウティングや強化戦略にデータ分析のアプローチを取り入れたことにあるが、それを実行する強固な組織や仕組みを確立してきたことも、成功を支える要因となっているようだ。
モンチの哲学として、記事で紹介されている3つの柱は以下である。
(1) Unity of Purpose
(2) Organizational Excellence
(3) The Power of Teamwork
優れたスカウト(またはスカウトチーム・強化部)の素質というと、職人的な目利きの鋭さや先見性をイメージしがちである。しかし、モンチが哲学として大切にしているものは、そうした能力を発揮するための土壌となる「組織としての強さ」である点が興味深い。組織力こそが、多岐にわたる役割を高水準で満たしてきた彼のパフォーマンスを支えてきたのだ。
企業経営との共通項
ここで一度プロスポーツクラブから視点を外し、一般企業における経営に置き換えて考えてみると、彼の哲学と似通った部分が見えてくる。近年のビジネストレンドの一つに「パーパス経営(※)」が語られているように、統一された目的と、それに連動して実行する組織や仕組みを作り上げることは、企業経営において重要なポイントである。
先が読めない不確実性の高い経営環境においては、足元の積み上げアプローチだけではなく、長期的なパーパス(=存在意義)から逆算して経営することの重要性が増している。そこで大切なのは、パーパスを掲げた上で、それと連動する形で事業戦略や行動計画に落とし込み、全員が同じパーパスの実現に貢献するために一貫性のある筋道を作ることである。
モンチの哲学にもあるとおり、クラブに携わる全ての人がパーパスやビジョンに共感し、そこに向けた明確な目標が設定され、それぞれが責任や役割を理解して仕事を全うする、そういった組織が理想である。ビジネスの世界で各企業のパーパスがあるように、各スポーツクラブにも目指す姿があるはずだが、経営陣と現場が真に同じ目標に向かっている組織を作ることは簡単でない。モンチがASローマで成功を収められなかった背景には、上層部との方向性の不一致や確執があったと紹介されている。
※パーパス経営とは
パーパスとは企業の社会的な存在意義であり、言うなれば経営を通じて果たす「大義」。長期ビジョンのような目指したい自社像ではなく、長期で実現すべき社会像を想起させる必要がある。挑戦的な社会像を掲げるからこそ、足元の戦略の視座を引き上げ、ステークホルダからの熱狂・共感を呼び込む。「デロイト トーマツ コンサルティング ウェブサイト内【パーパスを問い直す】より一部引用」。
クラブのパーパスとスポーツディレクターの役割
クラブのパーパスはユニークであり、ファンや地域に「愛される」ことを最大の存在意義とするクラブもあれば、ビジネスとして「収益を上げる」ことを掲げるクラブもある。それを実現するための手段にも、例えば「愛され方」としては、生え抜きの選手を重宝して地域に密着したり、チームのプレースタイルで魅了したりするなどの違いがあり、「儲け方」には有望な選手を安く買って高く売ったり、強力な資金力を生かしてビッグネームを獲得しブランド価値を高めるなど様々だろう。
例えばFCバルセロナは、カタルーニャ語で「Més Que Un Club(クラブ以上の存在)」と宣言している。1968年1月のクラブの最高責任者への就任演説で、ナルシス・デ・カレラス氏が口にしたこのフレーズは、今もなおクラブのモットーとして受け継がれている「出典:FCバルセロナ公式サイト」。
フランコ政権下で厳しい弾圧を受けた中、FCバルセロナはカタルーニャ地方の自治権拡大、そして独裁政権への対抗の象徴となり、カタルーニャの人々の連帯感を示す存在となった。「クラブ以上の存在」というモットーの下、彼らは「世界をより良い場所に変えるために我々自身が鍛錬し、より豊かな未来を想像するだけでなく、それを実現します」とクラブ公式サイトで謳っている。
また、クラブの事例とは異なるが、日本サッカー協会はFIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド 2023を前に、なでしこジャパンのパーパスを言語化している。その存在意義は「自分らしく挑戦する象徴である」ことで、「自分たちらしく挑戦し、自ら輝くことで、今を生きる全ての人に勇気を届け、ともに前進する存在であり続ける」という「出典:日本サッカー協会ウェブサイト」。
パーパス経営を実現している企業では、掲げたパーパスを現場とつなぐ、つまり組織内に十分に浸透させて中期的な行動計画に落とし込むために様々な工夫を施している。プロスポーツクラブにおいては、スポーツディレクターがカギを握っていると言えるだろう。
なぜなら、経営陣が掲げるミッションや方針(時には制約)を理解した上で、不確実性の高い勝負の世界で責任を負う、いわゆる間に置かれる立場であるからだ。そんな中、クラブの方針や財政的な制約、およびチーム状況や選手の能力をデータで「共通言語化」するモンチの手法は、全員にとって客観性と一貫性を備えた意思決定を導くことができた、合理的なアプローチであったのだ。
日本のプロスポーツクラブへの期待
最後に、日本のプロスポーツクラブにおいてスポーツディレクターに近い役割を果たす、GMや強化部に目を向けたい。
日本では監督兼GMというケースがあったり、監督経験のある人材がGMに就いたりと、プレーの経験則が重視された登用が目立つ。監督や選手との感覚や距離の近さが現場との連携を深めるように思える一方で、強化が属人的な目利き力や人脈に依存してしまったり、チームや現場がクラブの方針と乖離してしまったりするケースはないだろうか。
今回考察してきたように、経営陣、GM/強化部、チームは、同じ目標に向かう一つの連動した組織として機能を果たすことが重要であり、この観点においては、日本のスポーツクラブにおける経営と現場をつなぐGMや強化部の在り方には、まだ成長の余地があると考える。
テクノロジーの発展と普及などもきっかけに、日本のスポーツビジネスも様々なプレーヤーが関わり得る環境になり、今後各クラブが描くビジネスのスケールも大きくなっていくことが予想される。一般企業と同じように理念にあらためて立ち返ったり、それを実現するための手段の選択肢が大きく広がったりもするだろう。こうした局面の変化が起きたときこそ、クラブとしての「組織力」が真に試されるだろう。