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2023.12.27

強化・GM議論の活性化を

SPORTS BUSINESS LABORATORYのウェブサイトがオープンして3か月になろうとしています。日本のスポーツビジネス界にもっと議論を起こそうという狙いで立ち上げた本サイトの第1回の特集は、強化・GM(General Manager)でした。このテーマを選んだ理由の一つは、強化やGMというテーマがまだ日本ではあまり議論されていないという点にあります。

日本におけるGM

私が初めてGMの存在を意識したのは、2004年に東北楽天イーグルスGMにマーティ・キーナート氏が就任されたことがきっかけです。同氏は日本にスポーツエンタメ、スポーツビジネスを持ち込んだ最初の人とも言われており、スポーツバーの概念を持ち込んで東京や神戸で店舗を経営していました。そのキーナート氏が球団GMになったことを知り、その役割に興味を持ちました(現在、同氏はBリーグ仙台89ersのオーナー代行兼シニアGM)。

日本では監督に責任や権限が集中する傾向があり、例えば2004年に中日ドラゴンズの監督に就任した落合博満氏は、選手の編成だけでなくコーチのスタッフィングから年俸までも決めていたというのは有名な話です。プロ野球に限らず、監督人事が人々の関心の中心にあり、GMやスポーツディレクターの去就について報道される頻度も多くはありません。一般企業でGMというと、事業部長や本部長相当の権限と責任を持っていますが、スポーツの世界ではリーグに対する窓口のような役割である場合もあり、クラブ内での権限が大きくないことも少なくありません。

強化・GMをテーマに、キュレーションとして海外メディアの記事やそれに関連する考察記事などを約3か月にわたって紹介してきました。

これは個別の人やクラブの情報を共有したかったわけではなく、考察記事を読んでいただければ分かるとおり、そこから得られる示唆に共感したり、投稿された記事とは異なる視点や気づきを持ったりしていただきたかったというのが本音です。特に、海外では強化やGMに関して非常に広く深く議論されているという事実から、これらは人々の関心が高く、議論が起こるテーマであるということが分かります。日本でも本質的な議論がもっと盛り上がればと考えています。

とはいっても、現在の日本において強化ができていないとか、とにかくGMをと言いたいわけではありません。インタビューをさせていただいた方々のように、強化・GMの本質を語ってくださる方もいらっしゃることは、しっかりとお伝えしたいと思います。本特集にあたって国内のスポーツ関係者とも会話をしましたが、強化・GMにおける本質的な課題意識を持って取り組まれている方も数多くいらっしゃいます。

今の日本において、リーグやクラブによっては専任のGMを擁立しなくても、社長が兼務すれば十分なケースや、現役を引退した選手が大きな役割を担うケース、あえて該当競技経験のない人を外部から登用するケースなど、現状に即した対応を進めているところも多くあります。そのクラブやリーグが成熟してくるとGMに求められる要件や責任、権限も変わってくるのだと想像できます。

強化部の構造

当ウェブサイトのチーフリサーチオフィサーであり、Blue United Corporation代表 兼 CEOの中村武彦氏が作成した強化部の構造は下記のとおりです。強化部に求められる機能が構造的に整理されています。

理想は、これら一つひとつに担当者がいることかもしれませんが、一足飛びに実現するというのではなく、こういった構造を理解した上で、自クラブ・チームの強化部にはどういう機能が必要かを明文化することが最優先です。それを踏まえて必要な人材の要件を定義し、その要件に見合う人をスカウティングしてくる必要があります。

近年、日本でも選手の獲得においてはスカウト担当者の勘と経験による「目利き」ではなく、データに基づく調査・スクリーニングを行うケースが増えてきています。GMについても全く同様で、必要なスペックを明確にしなければ、自クラブ・チームに必要な人材を確保することはできません。

一般の産業から学ぶ

お気づきの方も多いと思いますが、これはスポーツ団体に限った話ではなく、一般の企業における採用と何ら差がありません。

決して新しいものではありませんが、「新しい役割」のように感じられる可能性のあるGMは、かつて日本企業が直面したCIO(Chief Information Officer)やCMO(Chief Marketing Officer)とよく似ているように見えます。特にCIOは30年前ころから日本でも取り上げられ、政府機関としては2000年に設置された比較的新しい役職です。

当時、その役割の議論よりも「CIOの設置」自体が優先されるような状況で、企業の情報システム部長がそのままCIOと呼ばれるようなことが多く見られました。仕事内容は変わらず、情報システムの企画や導入・運用を担当する役職がCIOになったという具合です。今ではそういった体裁上の配置はなくなり、本来のCIOが多くの企業で活躍しています。

スポーツ界におけるGMも、言葉だけが先行してしまうと、とりあえずGMを設置するだけになってしまい無駄なコストを消費してしまうでしょう。一般企業が長年かけてやっと実現できたことを、スポーツ界が同じ年月をかける必要はありません。

強化・GMが進化・発展していくために大切なのは、そのチーム・クラブのフィロソフィーです。例えばサッカーの場合、自分のクラブはどういうサッカーをするのか。その中でどういう人材を育成していくのか。この部分をぶれないようにしておかなければ、「勝てなかった」という理由だけでGMの解任や選手の入れ替えをするようになってしまいます。

スポーツにおけるアセットビジネス

前述の図にあるように、GMの役割は「強化」に限定されるものではありません。サッカーの場合だと選手という人材を育成し、彼らの移籍時に移籍金という収入を得ることができます。いわゆる移籍金ビジネスです。先日決定したJリーグのシーズン移行に関しても、移籍金ビジネスに大きな影響があると議論されています。いわゆる四大収入だけに依存せず、第五、第六の収入源が必要となるスポーツ団体において、移籍金ビジネスは十分なポテンシャルがあると言えるでしょう。

スポーツ団体は選手や施設といった目に見えるもの以外にも様々なアセットを持っています。アセット化されていないものをアセット化し、ビジネスにつなげていくことで、クラブやリーグが活性化することが期待できます。育成がお金を生むというような「移籍金で稼ぐ」以外にも、もっと活性化されていくことが期待されます。

SPORTS BUSINESS LABORATORYのウェブサイトは、これからも本質の理解から議論を深めていくきっかけになりたいと思います。

 

この記事を書いた人

Seiji MORIMATSU

森松 誠二 Seiji MORIMATSU

所長

コンサルティング会社数社を経て現職。一貫してCRMとCXプロジェクトを担当。デロイト トーマツ コンサルティングのスポーツビジネスグループにて、スポーツの新たな価値創造やパートナーアクティベーション、スポーツビジネスコミュニティの活動企画、実施に従事する。

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