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2024.01.19

Pacific Rim CupのSROI分析に関する考察【前編】

今回は、『スポーツとコミュニティが生み出す社会的価値 ~ サッカークリニックの社会的インパクトを可視化する~』と題し、デロイト トーマツ グループのウェブサイトに掲載された記事に関する考察です。

本ウェブサイト「Curation」からもご覧いただける同記事は、2023年8月にBlue United Corporationがハワイで開催した子ども向けサッカー教室「Pacific Rim Cup – Keiki Soccer Clinic 2023」を対象に、SROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)を用いて実施した社会的インパクトの分析に関する内容です。

SROI分析とは、企業や団体による事業や活動によって生まれた社会的、経済的、環境的な変化が社会に与えるインパクトを可視化する評価の手法として、費用便益分析を簡易・発展化させたもので、アウトカムを市場価値に当てはめて可視化できます。

Pacific Rim Cupの活動とSROIの分析結果に関して、イベントの開催、および分析に携わった本ウェブサイト運営メンバー4名が振り返りを行いました。今回は、前編をお届けします。

 

※参考:社会的インパクト評価|デロイト トーマツ グループ

※参考:地域コミュニティに浸透していくPacific Rim Cupから学ぶ| SPORTS BUSINESS LABORATORY

 

 

ハワイ独特のコミュニティ

氏家 翔太(以下、氏家)「中村さん、あらためてクリニックの意義や目的を教えてください」

中村 武彦(以下、中村)「パシフィックリムカップは、日本や米国など新しいプロサッカーリーグが多く存在する環太平洋地域に、そのリーグたちをつなげるプラットフォームを作りたいという思いで立ち上げました。その一環としてプロのサッカー大会も開催してきたのですが、2019年大会を最後にコロナ禍で開催できなくなってしまいましたが、再帰に向けて、そして地域とのつながりを維持したいという思いで、2022年と2023年の夏は大人気だった子ども向けのサッカークリニックだけを開催しました」

氏家 「当初から大会の一環として行われていたのですね。プロサッカーの試合だけでなく、クリニックや他のイベントも開催していた理由は何でしょうか」

中村 「我々としては、プロパティを作りたいという考えがあります。プロサッカーの試合だけでなく、サッカークリニックやVIPパーティ、高校生のオールスターマッチなど、様々な人に楽しんでもらえる、または関わってもらえる企画を実施することで、約1週間にわたる総合イベントを開催してきました。今後も各種イベントを増やしてプロパティとして拡大していく予定です」

氏家 「私は現地に行けませんでしたが、2023年の夏、実際に現地に行かれた皆さんの感想を教えてください」

森松 誠二(以下、森松)「私はサッカークリニック自体を見たことがなかったので新鮮でした。コーチたちが子どもたちにサッカーを教えるというより、参加者がすごく楽しそうだったという印象が残っています。ハワイ出身の元プロサッカー選手のKenji Treschuk氏(元シアトル・サウンダーズ)が、子どもたちの緊張を上手にほぐしてくれたことで、子どもたちは解き放たれたように元気に走り回っていました。また、準備段階から参加した中で興味深かったのは、事前に準備していたにもかかわらず、最終的には現地で調整して臨機応変に変更していくということ。事前に中村さんがお話しされていたコミュニティの力が、こういうところでも発揮されるのだと感じました」

氏家 「田口さんはJリーグクラブで働かれていた経験から、いかがでしょうか」

田口 和生(以下、田口)「子どもたちや親御さんの雰囲気は万国共通だと思いました。ただ、複数の家族が一緒に来ていたり、親御さん同士が楽しそうに会話しながらクリニックの様子を見ていたりと、人のつながりは日本より強いと感じました」

氏家 「そういったコミュニティのつながりは米国特有、ハワイ特有でしょうか」

中村 「米国の特徴の一つで、ハワイはさらに強いと思います。ですから、そのコミュニティに外から入っていって、皆さんに受け入れてもらうのも難しいのです」

氏家 「クリニックの社会的意義や価値について、現地に行ったからこそ感じたことはありますか」

森松 「主催者であるBlue United さんの努力の結果かもしれませんが、地元メディアが現場に取材に来て、当日の夕方にはテレビで報道されていました。クリニック自体がニュースになるだけの価値があると、評価されているのだと感じました」

田口 「今年は初めて有料で開催したにもかかわらずチケットが完売しました。現地の方々が参加費以上の価値を感じてくれている証拠だと思います」

氏家 「どういった価値の提供にフォーカスしていたのですか」

中村 「参加者の方々は様々な価値を感じてくださっていると思いますが、我々としては現地のコミュニティに受け入れてほしいという狙いがあります。家を建てるためには土台づくりが大切なのと同じで、外様である私たちがハワイで大会を開催するためには、現地のコミュニティに信用してもらうことが重要です。現地の方々にとって有益な取り組みを地道に続け、彼らとの距離を縮める努力をしてきました」

氏家 「初開催のときは雰囲気も違っていたのでしょうか」

中村 「最初は私自身が2ヶ月くらいハワイに滞在し、地元のコミュニティの雰囲気を肌で感じました。そこで感じたことは結局、彼らに信用してもらわなければ、中長期的に現地で活動していくのは難しいということです。イベントの“ホーム”を作ることからでした」

 

分析から導かれた3つのインパクト

氏家 「現地のコミュニティの信頼を得て、イベントの価値を理解してもらえたということで、大会に広がりが生まれていくのでしょうね。さて、今回のクリニックに向けて、SROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)を可視化するためのロジックモデルを作成した結果、大きく分けて3つの項目がありました。

一つめは、『サッカー教室だからこそ生み出されるインパクト』。スポーツの楽しさを実感したり、国際経験豊富なコーチ陣が集まっていたり、メディアの取り上げられたりという点です。

二つめは、『コミュニケーションを通じて生み出されるインパクト』。親子のコミュニケーションや地域の人たち同士の交流などという点です。

三つめは、『クリニックの運営を通じて生み出されるインパクト』。イベント運営の作法を学ぶなどという点です。ロジックモデルを作る過程や現地で感じたことなどをざっくばらんに教えてください」

 

中村 「一つめのインパクトは特に意識している部分です。ハワイの方々はプロスポーツに触れる機会が少ないため、プロ選手として実績のある方に参加していただくことが大事ですし、ハワイは親日感情も強いですから日本人コーチが参加することに価値があると考えています(日本からは山田卓也氏、橋本英郎氏、海堀あゆみ氏が参加)。また、二つめのインパクトに関しては、地元のヒーローであるTreschuk氏をコーチに迎え、地域のサッカー関係者を中心としたコニュニティの活性化を意識しました。さらに、三つめの運営面に関しては、例えば弊社 田口のように本事業の未経験の人材を、今後の大会運営を見据えて日米から参加させ、現場研修のような位置づけにしました」

森松 「日本でJクラブが開催するサッカー教室と違う点は、ハワイには広く認知されているプロサッカークラブがない中で、同じような価値のあるクリニックを誰が開催するのかという点です。一つのアイコンでもあるTreschuk氏がいることで地元での信頼度が上がりますし、著名な元日本代表選手たちが参加したことで国際的な価値が生まれ、参加者側の心理的なハードを下げることにつながったのだと思います」

田口 「先程もお話ししたとおり、イベント自体の雰囲気は日本と大きく変わらないと思いますが、今回は運営の仕方に大きな違いがありました。Jクラブであればクラブのスタッフが企画から運営まで実行するのが基本ですが、今回は米国本土や日本から現地入りした弊社のメンバーと現地の方々が連携しながらの運営で、私自身も非常に良い経験をさせてもらいました」

 

※後編は1月31日 (水)掲載予定です。

この記事を書いた人

Shota UJIIE

氏家 翔太 Shota UJIIE

シニアリサーチディレクター

外国語教育関連企業CEOを経て、2019年5月に今治.夢スポーツ入社。同年11月より執行役員。2023年3月にデロイト トーマツ コンサルティングに入社し、スポーツと教育の分野における社会的価値の創出のモデルづくりに注力する。

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