今回は、『スポーツとコミュニティが生み出す社会的価値 ~ サッカークリニックの社会的インパクトを可視化する~』と題し、デロイト トーマツ グループのウェブサイトに掲載された記事に関する考察の後編をお届けします(前編はこちら)。
ハワイで開催された子ども向けサッカー教室「Pacific Rim Cup – Keiki Soccer Clinic 2023」を対象に、SROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)を用いて実施した社会的インパクトの分析に関して、イベントの開催、および分析を行った本ウェブサイト運営メンバー4名が振り返りを行いました。
※参考:地域コミュニティに浸透していくPacific Rim Cupから学ぶ| SPORTS BUSINESS LABORATORY
実際に開催して得られた気づき
氏家 「ロジックモデルを組む過程で、あらためて感じたクリニックの意義や価値はありますか」
中村 「ロジックモデルを一緒に組ませていただき、頭の中があらためて整理できました。ただ、イベント開催の1日だけで全てを測定できるのか、今までの積み重ねや、その前後の活動をどう含めるのか、という将来に向けてロジックツリーのアップグレードのヒントも得られました」
森松 「地元クラブではない団体による開催が一つの価値だと思います。さらに、年1回の開催のため希少価値が上がる。単発では国際交流のインパクトは小さいかもしれませんが、繰り返していくことで価値が上がっていくのでしょう。当時はFIFA女子ワールドカップの開催期間中だったため、優勝経験のある海堀さんの登場で子どもたちも盛り上がりましたし、何かのきっかけで日本への興味が生まれるかもしれません。
コミュニティについては、イベントによって新しい交流が生まれたというより、元々のつながりの中での交流が活性化した印象です。クリニックの参加者だけでなく、現地の方々が運営にも参画していたので、そこでコミュニケーションが生まれ、運営ノウハウの獲得やレベルアップにもつながっていると感じました。次にクリニックを開催するときは、さらにスムーズに実施できるでしょう。プロのサッカー大会など、よりレベルの高いイベントを開催するときは、業務が標準化されていないと運営が回らないでしょうから、今回はイベント運営をサステナブルにしていくための検証にも生かせたと思います。
また、ロジックモデルに追加できると思った要素もあります。それは、いかにコニュニティに入っていくかという点で、中長期 的な価値になると思います。日本のプロスポーツでは移転の例はまだ多く見られませんが、プロ野球では過去に事例があります。移転先で新しいコミュニティを作っていく際に、応用できることがあると思いました」
中村 「現地の行政も含む強固なコミュニティに受け入れてもらうのは時間を要するので、こちらから丁寧に入っていって、彼らに認めてもらうことで初めて、支えてもらうことができるということですね」
田口 「ロジックモデルやSROI自体の感想として、それまで感覚的に捉えていたものを言葉や数字を使って可視化していく過程で、イベントの開催目的や価値に対する理解が深まりました。正解がなく絶対的に正しいものではないと思いますが、ロジックを考える過程自体に価値があると感じました」
中村 「大会の一部を切り取ったクリニックは1日の断面ですが、長期的な視点を持った取り組みの一つです。ハワイに根付き、そこから派生し、長く続いていくプロパティを築き上げていきたいと考えています」
氏家 「今回は短期的なアウトカムとして、SROIを1日分の価値で算出しました。イベントを続けていくことで達成できるものも進化していき、中期、長期、そして最終的な大きな価値につながっていくのだと思います」
中村 「そう考えると、最終的なアウトカムに『コミュニティを認めてもらう』と『環太平洋地域への波及効果』という言葉も入ってくると良いかもしれません」
氏家 「今回は、初めてクリニックのSROIを算出する中でロジックモデルを組んだ結果、大きく分けて3つのアウトカムを想定しましたが、実際にクリニックを開催して得られた気づきがあったわけで、ロジックモデルを進化させていけると思います」
森松 「こうして可視化することで、次はコミュニケーションが活性化するように何か仕掛けようとか、イベントを通じてどんな価値を生みたいかを逆算したり、意識したりすることもできますよね」
田口 「何のために開催するのかを、スタッフ全員が理解した上でイベントに臨むことができますし、次回の開催目的などを検討する出発点にもなると思います」
SROIの考え方を周知していきたい
氏家 「現地でアンケートを取った結果、SROIの値が支出の1.36倍という結果になりましたが、率直な感想を教えてください。クリニックが1日の活動であるため、今回はアウトカムを1日換算としましたが、社会的価値だけで投資金額以上のインパクトが出ていると考えると、決して小さな数字ではないと思います」
森松 「1日分のアウトカムで投資金額以上に回収できたことは素晴らしいですし、中長期のアウトカムを含めるとポテンシャルはもっと高いと思います」
田口 「そうですね。中長期のアウトカムをどのように評価するかは今後の話だと思いますし、自分たちの取り組みが可視化できたことは非常に価値があることだと感じます」
森松 「SROIをブラッシュアップするきっかけにもなりますね。1日のイベントだからと言って、効果が1日しか発揮されないわけではないですし、支出も年間指数をベースにしているため、365日で割ってしまうと過小評価になってしまう印象です」
氏家 「先程も出ていましたが、中長期のアウトカムをどう算出するかも今後のポイントですね。数値化すること自体については、どのような感想をお持ちですか」
中村 「漠然としていたものが客観視できる、可視化されるのは、すごくいいと思います。また、金銭だけに注目してしまうとスポーツは価値がないと評価されてしまうことが多いので、このような観点は非常に興味深いものでした」
森松 「今後は、経済的価値と社会的価値の両方を掲出するのも一つの案かもしれません。SROIは自分たちの行為を良く見せるためのものではないかと思われがちですが、経済的価値と合わせて提示することで、社会的価値の考え方が浸透していくと思います」
氏家 「数値化する上で意外だったことはありますか」
中村 「アンケートを記入していたのは主に参加者の親御さんだったので、ノウハウの部分が評価されたのは意外でした」
氏家 「参加した子どもや親、コーチ、運営面にまたがって価値が生まれています。子どもたちにとって価値があるものはイメージしやすいですが、ロジックモデルを組んで数値化することで、これだけ広がりがあることが見えました」
田口 「私は“反事実”の考え方が非常に面白いと感じました。イベント特有の効果を図るために、『このイベント以外でも同様の機会があるか』等の質問をするものです。実は最初にアンケートを拝見した際、これらの設問は必要なのかとお聞きしたのですが、設問の意図を聞いて勉強になりました。主催側としては反事実の要素を高めることで、イベントのオリジナリティを磨くことができると思います」
氏家 「金銭代理指標(※)を活用してSROI分析をしたことで得られた気付きは何かありますか」
※金銭代理指標:SROI評価において、市場価格や経済データなどの情報を元に算出された社会的・環境的な成果を、金銭的な価値に変換する指標
中村 「金銭代理指標を検討する際に、その国の文化や風習を把握していないと的外れ数字を採用してしまう可能性があると思いました。今回で言えば日米、さらにハワイの文化との違いです。例えば、習い事や留学に対する考え方や費用など、日米で前提条件が異なる中では比較が難しいと感じました」
田口 「環境や選択する指標によって条件が変わりますし、個人的には国をまたいで比較する必要はないと思いました。どちらかと言うと、同じイベントや地域で継続的に取り組むことで、主催者側の意図が数字に反映されたかとか、改善した点が数字的に良くなったとか、PDCAを回していく上で良い指標だと思います」
森松 「他の事例でも同様なのですが、ステークホルダーの洗い出しが悩ましい部分ではあります。今回で言えば、現地でサポートをしてくださった企業や行政、備品を貸してくださった方々などにはアンケートを取れていませんし、もっと多くの方に価値を提供できていた可能性があります」
中村 「そういう意味では、次回は人間関係の指標も含める必要がありそうですね。例えば会場となったフィールドも、これまで何回か使わせてもらった実績があるからこそ貸してくれやすくなったと思います」
氏家 「分析を通じて、ステークホルダーがもっといるかもしれないと気づけたのは大きいですね。では、最後に今後の展望を聞かせてください」
中村 「運営面でベースができたわけですし、クリニックだけでなく、新しい企画を加えていきたいと考えています。例えば、日本から数チームに参加してもらい、アマチュアの国際サッカー大会を開催する等です。最初にお話ししたように、パシフィックリムカップはプラットフォームであり、我々の大切なプロパティなので、クリニックを中心としたイベントとして拡大していければと考えています。今まではプロからスタートするトップダウンの考え方でしたが、クリニックが常時300名以上参加するほど人気があるので、そこに視点を移したボトムアップの考え方で、最後にプロの大会開催を加えるという発想でも良いのかもしれないと感じました」
森松 「新たなイベントを追加することによって、今回のロジックモデルに基づいた効果を上げることにつながるだけでなく、全く新しい価値を生む可能性もありますね」
田口 「今回は1日分のSROIを算出しましたが、継続によって大きな価値や意味合いが生まれると思うので、これを繰り返していくことでイベントの価値を上げていきたいと思っています」
氏家 「デロイトとしては、どう貢献していきたいとお考えですか」
森松 「いかにSROIの考え方を周知していくかが大切だと考えています。SROIの値は大事なのですが、数字が独り歩きしないように、ロジックモデルの設計やアウトカムの内容を広く理解していただきたい。極論ですが、一部上場企業の事業報告書や弊グループのJリーグマネジメントカップ(※)にSROIがマストになるくらい浸透させていきたいですね。周知に留まらず、その考え方に賛同してジョインしたいというステークホルダーを増やすことが大事だと思いますし、そのために我々のリソースを最大限に活用していきたいです」
※Jリーグ マネジメントカップ:デロイト トーマツ グループがJ1、J2、J3全クラブを対象に、JリーグやJクラブが実施した具体的な取り組みの効果を客観的に定点観測し、ビジネスマネジメントの側面でまとめたもの。2014年から毎年発行。詳細は、こちら。