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2024.05.04

スポーツクラブは「人的資本経営」ができているか

今回はデロイト トーマツ コンサルティング合同会社の「スポーツタレントマネジメントシステム活用サービス」に関する考察です。対象の記事では、一般企業の従業員とは異なる視点が必要な「スポーツ選手のマネジメント」にフォーカスが当てられています。

今の人事トレンドに、「人」が持つ能力や資格などを資本として捉え、その資本を言語化・数値化することで企業価値向上やESG投資の指標とする人的資本経営がありますが、元より「選手」という人を資本としてマネジメントしてきたスポーツクラブでは、人的資本経営というトレンドの先駆けとなる取り組みを行えるはずです。

しかし、果たして選手を正しく資本として捉えて言語化・数値化し、マネジメントできているクラブはどれくらいあるのでしょうか。スポーツにおけるタレントマネジメントについて、数十クラブの選手情報を扱う様々なポジションの方々へのヒアリングやディスカッションを通じて得られた気づきを整理しました。

選手と「試合に勝つ」で完結しないスポーツクラブの経営

スポーツクラブは「試合に勝つ」という命題を抱えているため、選手を資本として捉えたときにパフォーマンスやスタッツ、そのデータを継続的に高めるためのコンディショニングなど、試合に直結する選手のデータをマネジメント対象とするケースが必然的に多くなります。その需要に応えるように、選手が身につけるGPSセンサーやトラッキングデータから客観的なデータを収集・分析し、活用するといったテクノロジーも目を見張る速さで発展しています。

一方で、スポーツクラブには「試合に勝つ」以外にも、その後につながる様々な命題があります。ビジネスとして成立させることはもちろん、Jリーグ百年構想にもあるように、地方創生や社会事業の一つの重要なファクターとして機能することが求められています。

特に地域密着を高く掲げるクラブにヒアリングした際は、ほとんどのクラブで共通して地方創生の重要性についてお聞きします。そのような命題をビジョンとして掲げたときに、マネジメントすべき「資本」は選手のパフォーマンスやスタッツ以外に、地域貢献度やファンエンゲージメント、選手が学生の場合は学業の状況など、多種多様な要素が適切に言語化され、数値やデータとしてクラブの理念に照らし合わせて適切に管理・活用することが重要です。

「クラブ」の資本としての選手

多種多様な選手の情報から何を資本として定義・管理するか、それはクラブの理念や規模、レベル、目的など、複雑かつ多様な要素が絡み合いますが、その定義や管理はクラブ内の各スペシャリストに一任されているケースが多くあります。

例えば、GMは中長期的な視点で継続的にクラブを強化すべく、選手のスタッツやパフォーマンスに限らず、契約や移籍金などの情報を資本として扱うなど、多岐にわたるマネジメントが求められます。その役割を果たすためには、監督、コーチ、フィジカルトレーナー、栄養士ら、各スペシャリストが管理している情報を収集し、突き合わせる必要があります。

他にも、広報では選手の地域イベントへの参加状況やSNSの活用状況を把握したり、育成では選手の学業状況などを把握したりするクラブもありますが、各スペシャリストに閉じてデータや情報が管理されているケースが多く、最終的な意思決定をする理事や代表がそれらの情報を能動的に取りにいく必要があります。

そのときに課題となるのが、スポーツ業界ならではの選手やスペシャリストの高い流動性です。選手の移籍などでデータが頻繁に更新されるにも関わらず、一元管理していたデータやその活用方法が特定スペシャリストの能力やアセットに依存することで、その人がいなくなってしまったら資本であるデータとその活用のナレッジがクラブに残らない、または後任者が活用できないという課題を頻繁に耳にします。

選手のSNSの活用やアンダー世代の選手の学業、仕事とスポーツの両方を担う「デュアルキャリア」など、スポーツクラブが管理すべきデータや情報は日に日に増えています。データの管理や分析といったナレッジが属人化したままでは、本来果たすべきクラブの目標やビジョンから外れ、偏ったマネジメントが行われる可能性があるという課題は、どのクラブにも共通なのではないでしょうか。

スポーツ業界における人的資本とタレントマネジメント

スポーツ業界において、選手やスペシャリストの高い流動性と一貫したナレッジの蓄積は切っても切れない因果関係があるものの、裏を返せば各スペシャリストが普遍的かつ高い専門性を持っているからこそ、クラブのフィロソフィーに適応できているとも考えられます。選手を「資本」として捉え続けてきたスポーツクラブにとって、「人的資本経営」を行うために必要な情報やナレッジは、既にクラブ内の人材に備わっています。

あとは、それをクラブの目標やビジョンと融合させて資本を一元的に管理することから始め、パフォーマンスに留まらない評価や育成などの人材活用を機能させるための「タレントマネジメント」という取り組みが広がっていくことで、スポーツ業界の課題解決につながると信じています。さらに、そもそもクラブのフィロソフィーに適した人的資本の採用を行うことがポイントと言えるでしょう。

この記事を書いた人

Hiroya ONOMOTO

小野本 寛也 Hiroya ONOMOTO

デロイト トーマツ コンサルティング

新卒から一貫して人事のコンサルティングを担当。デロイト トーマツ コンサルティングに入社後、スポーツクラブにおけるタレントマネジメント領域に従事する。

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