• リーグ経営

2024.05.31

競技バランスとリーグ間の競争力

本記事は本サイト内「Curation」にある「スポーツリーグは思っているほど競争が激しくない」に関する考察記事である。

「金をかければ強くなる」。これが言い切れないところがスポーツの面白さでもあるが、多くのスポーツリーグにおいては、資金力が豊富な同じ顔ぶれのクラブが上位を占めている実態がある。逆を言うと、資金力に乏しいクラブはチーム強化が十分に行えず、上位クラブに「順当」に敗れることが常態化しており、リーグ内の競技バランスが崩れている。

リーグ経営において、リーグの魅力を高める方策の一つとして、クラブ間の競技バランスを保つことが挙げられる。戦力均衡の実現によって、実力が伯仲したクラブ同士の「順当」な結果のない、スリリングで魅力的な試合が多く行われるようになる。

しかし、元記事にあるような対策を導入することで競技バランスを保つことができる一方、リーグ間の競争力を低下させる危険性をはらんでいる。本稿では「選手の権利」と「資金の活用」という2つの観点から、競技バランスとリーグ間の競争力について考察する。

 

選手の権利

サラリーキャップ導入によってクラブの資金を制限すると、特定のクラブにトッププレーヤーが集中することを防ぎ、クラブ間の競技バランスを保つことができるが、選手の立場からすると、あまり望ましい取り組みではないかもしれない。

トッププレーヤーの集中を防ぐということは、当該選手たちが自身と同レベルの選手たちと共に高いレベルで競技を行う機会を奪うことになるからだ。そのような状況では、トッププレーヤーたちがサラリーキャップのないリーグへ移籍してしまう可能性があり、結果として出来上がるのは、トッププレーヤー不在の高くないレベルで競技バランスが保たれたリーグである。

このように全体のレベルが低いリーグと、上位と下位でクラブの実力差はあるがトッププレーヤーや世界レベルのクラブが所属するリーグの、どちらがリーグ間競争において勝者となりうるだろうか。

また、ルーキーのドラフト制度は特定クラブにダイアモンドの原石が集中することを防ぐことができるが、選手の立場からすると、これもまたあまり望ましい取り組みではないかもしれない。大きな問題として、選手自身にクラブ選択の自由がないからだ。

チームスポーツにおいては、チームの戦術やスタイルによって求められる選手のタイプも変わってくるため、選手とクラブの相性次第では選手の才能を開花させることができない場合もある。どのクラブに所属するかがキャリアを大きく左右するにもかかわらず、自由にクラブを選択する権利が制限される制度は、選手にとって果たして望ましいものだろうか。

また、ドラフト制度は基本的にリーグが存在する自国内のルーキー選手を対象としているため、所属クラブを自由に選びたいと願うダイアモンドの原石が他国のリーグに流出してしまう可能性もある。

 

資金の活用

サラリーキャップの導入は、資金力が乏しいクラブにとっては望ましい制度かもしれないが、資金力が豊富なクラブにとっては望ましい制度ではないかもしれない。

豊富な資金力を以て単純にクラブを強くしたかったり、強いクラブをテコにしたビジネス拡大をもくろんでいたりするオーナーにとって、資金の活用が制限されているリーグのクラブを保有する意義はあまりなく、サラリーキャップ制度のないリーグのクラブオーナーになる方が合理的だろう。

つまり、サラリーキャップ導入の結果、リーグへの資金算入を阻害してしまう可能性があり、リーグの経済的成長を妨げることになりかねない。

 

競技バランスとリーグ間競争の最適解

魅力的なリーグを運営するためには、リーグ内の競技バランスを保つことが重要な方策の一つだが、戦力均衡の対策を取り入れ方によっては、リーグ全体の競技レベルを下げ、リーグ間競争力を低下させることにつながりかねないため、各国における競技人口の分布やリーグ間競争の実態に合わせて最適な対応を行うことが重要である。

例えば、日本で最も人気のあるスポーツの一つで、ビジネス面でのリーグ規模が最大であるプロ野球だが、世界規模で見ると競技人口は北中米と東アジアに集中しており、プロリーグは世界に10程度しかない。最高峰リーグであるMLBを除いて、各国のプロリーグに所属する選手も応援するファンも、自国民が大部分のドメスティックな構造となっているため、各国のリーグ間での競争は激しくないと言える。

そのため、国内リーグ内の競技バランスを保つことがリーグの価値を高めることにおいて肝要であり、ドラフト制度などの戦力均衡の対策を取り入れられることでそれを実現している(FA制度などで選手のクラブ選択の自由を一定レベルで保証しているが、それが果たして十分であるかは別の議論だろう)。

一方で、日本におけるもう一つの人気スポーツであるサッカーは世界中に競技者がいて、世界各国にプロリーグが存在している。特にサッカー人気の高いEU圏では物理的に各国の距離が近いことに加え、EU圏内の国民は労働の自由移動が保証されており、EU圏内であれば自由に移籍することが可能である。そのため、各国のプロリーグに所属する選手も応援するファンも、自国民にとどまらずインターナショナルな構造となっている。

また、各国にプロリーグがあるからこそ、UEFAチャンピオンズリーグのように各国のトップクラブのみが参加可能な大会もある。つまり、リーグ間競争が非常に激しいため、国内リーグ内の競技バランスを保つための対策を取り入れるよりも、資金力のあるオーナーの招聘を促進し、より多くのビッグクラブやトッププレーヤーが集まるリーグを作り上げることで競争力の高いリーグ経営を実現しようとしている。

このように、全てのリーグ運営に共通する唯一解が存在しないからこそ、繰り返しになるが、各国における競技人口の分布やリーグ間競争の実態に合わせて柔軟かつ最適な対応を行うことが重要であると考える。

 

参考記事(出典:The Decision Lab)

スポーツリーグは思っているほど競争が激しくない

この記事を書いた人

Shota UJIIE

氏家 翔太 Shota UJIIE

シニアリサーチディレクター

外国語教育関連企業CEOを経て、2019年5月に今治.夢スポーツ入社。同年11月より執行役員。2023年3月にデロイト トーマツ コンサルティングに入社し、スポーツと教育の分野における社会的価値の創出のモデルづくりに注力する。

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