2024年7月30日、デロイト トーマツ コンサルティングはJリーグ観戦体験分析レポートを発行した。2023シーズンにJリーグ60クラブを対象に、それぞれ4試合の来場者に対するアンケートを実施し、その観戦体験を可視化したもので、2019年に発表したスポーツ観戦体験グローバル調査レポート-サッカー編に続く第2弾のレポートである。
ここではレポートそのものの説明や解説ではなく、可視化されたスポーツの観戦体験から見えてくるものが何なのか、観戦体験を向上させる狙いやアプローチ、そして今後の課題について考察する。
Jリーグと共同調査開始直後にコロナ禍が始まった
まず、「Jリーグ観戦体験分析レポート」の経緯を整理しておきたい。
Jリーグのサポーティングカンパニーであるデロイト トーマツ コンサルティングが、Jリーグと共同で観戦体験調査プロジェクトを開始したのは2020年1月だった。新規来場者のリピート率向上が課題となっていたJリーグは、来場者が試合観戦時にどういう体験をすることがリピートにつながるかを調査するため、観戦体験の可視化を行うことになった。
しかし、アンケートの設計を進めていた最中にコロナ禍となり、リーグ中断、無観客、来場者制限、声出し禁止など通常の観戦スタイルができない状態が続いた。2022年中盤あたりから徐々に規制が緩和され、通常観戦が可能になった2023シーズンから、ようやく来場者への観戦体験調査が実施できるようになった。
コロナ禍に行ったアンケートや同期間中に注目を集めるようになった配信観戦にも注目し、Jリーグ全60クラブそれぞれ4試合ずつ、時期を分けて来場者へのアンケートを実施し、観戦体験の可視化を行った。カテゴリー別、クラブ別、天候別、勝敗別、顧客セグメント(コア、ライト)別など様々な切り口での集計分析を行うことで、現時点でJリーグが提供する観戦体験が可視化されたのである。
改善だけでなくビジネスチャンスを見つけるための6つの視点とアプローチ
顧客体験の可視化にはカスタマージャーニーマップ(Customer Journey Map:CJM)が用いられることが多い。CJMの一般的な読み方や活用の仕方はスポーツビジネス界においても特別なものではないが、スポーツビジネス界の特徴を踏まえた対応が必要になる。
下図は各クラブ4試合分のデータを集計し、J1、J2、J3別に作成したCJMで、体験は以下の14個のカテゴリーに分類している(各カテゴリーの詳細の評価項目についてはレポート本編を参考にしていただきたい)。
上記から、「8.試合・プレー・判定」の評価が低く、「2.チケット購入」の評価が高い、と言ってしまえばそのとおりだが、このCJMは以下の視点で読み解いていく必要がある。なぜなら、来場者の目線に立って試合観戦に関してどういう体験をしているかを共感・理解し、観戦体験の価値を高めていく具体的なポイントを把握するためだからである。
<CJMを読み解く際に必要な視点>
① 自クラブだけでコントロールできないものも含めた体験全体を把握する
単独で解決できないものをあきらめて調査しないのではなく、後述するような視点の置き換えや既存・新規のパートナーとの連携で解決できることもある
② 観戦前・観戦中・観戦後に分けて考える
試合の前後での変化を見ることで、試合結果がどのように影響を与えるかを把握することができる
③ 満足度の高いところ・低いところを理解する
なぜ高いか、なぜ低いかを体験の詳細データを深堀することで、その理由を特定することができる
④ 満足度が連続して低いところ・大きく下がるところは要注意
不満が積み重なることで大きな不安になることもある。価値の連続性と呼んでいるポイントであり、これが崩れると不満が起きやすくなる。また、一か所でも大きく満足度が下がるところがあれば観戦者はその体験が強い記憶となり、次回以降の観戦意向に影響を与えることがある
⑤ 他クラブや平均と比較する
自クラブの特徴(強みと弱み)の理解と、その強化・改善に向けた課題を特定する。他クラブの具体的な取り組みを参考にすることも可能
⑥ 自クラブの中での試合別・セグメント別の比較をする
試合結果、天候、平日と週末など条件の異なる体験を比較し、それによって異なる評価になる体験と変わらない普遍的な体験を特定することが可能
評価の悪い点の改善は大切だが、全てにおいて原因を特定し、それを取り除くことは非現実的である。優先順位を明確にし、自分たちだけで対応できない点は外部パートナーとの新たなコラボレーションによって解決するなど、ビジネスチャンスととらえることも必要である。
例えば、スタジアムグルメを食べる環境に課題を抱えていたクラブは、場所の再整備を行う代わりに、飲食環境の整備を目的とした新たなパートナーシップを締結し、パートナー企業が販売しているキャンプ用品やキッチン・ダイニング什器をスタジアム周辺に設置することで満足度の向上を図ったことがある。
不満や評価の悪さの原因を特定できた場合でも、直接的にその原因を取り除くことが容易でない場合もある。観戦後の駐車場の混雑などが代表例だ。混雑緩和のためには警備員の増員や駐車場の拡大、新たな動線の確保など設備投資を伴うものが多く、根本的な原因を取り除くことは容易ではない。
そこで視点を変えて、これらの「不満を軽減させる」ために何ができるかを考えてみる。
1. 試合後のイベントで時差退場
分散退場の一つのため、この手法をとっているクラブも少なくない。人流を分散するということだが、イベントを楽しんだ人にとっては退場時に混雑が大きく緩和されており、「混雑そのものを知らない」という効果が期待できる
2. カーラジオからエリア限定の放送
駐車場で車に乗ってから出口までノロノロ運転が続く中で、スタジアム周辺だけで聞くことができる音声サービス(スタッフによる試合の振り返りや周辺のショッピング、グルメ情報など)が提供できればイライラが軽減されたり、車中の会話も活性化されたりする可能性が期待できる。FMトランスミッターなどが利用できれば実現のハードルは高くない
3. スタジアムから駐車場までの道を明るくする
上述の「価値の連続性」の一例で、スタジアムから駐車場までの道に街灯がなく、暗い中で足元を気にしながら一定距離を歩くという体験が、乗車後のイライラに影響を与える可能性がある。駐車場までの道のりを明るくすることで軽減される不満もある
いわゆるデザイン思考でこのような解決策が導き出されることがあるが、本稿では手法の解説は割愛する。問題や課題の根本原因の解決が困難な場合は視点を変え、ファン・サポーターのストレス軽減を検討することも一つのアプローチである。
2023年の観戦体験調査から見えてきたこと
カスタマージャーニーを見ることで分かることは、レポートの本編で述べているので詳細は割愛するが、試合前、試合中、試合後で分けると、試合前よりも試合後の方が満足度が低い。2023年はホームクラブのファンを対象としていたこともあり、ホームクラブが負けた場合は、特に試合後の体験の満足度が低くなってしまうが、集計では勝ちゲーム、負けゲームが混在するデータであり、勝敗に関わらず試合後は低くなっている。試合後は「帰るだけ」となってしまっているとしたら、次の試合の観戦意欲を高めるなどのチャンスと捉えることも可能ではないだろうか。
また、クラブの応援が来場の主な目的であることから、試合結果によって全体体験の満足度が変わることは仕方がないものの、クラブによっては勝ちゲームと負けゲームで満足度が大きく違わないケースもある。詳細のデータは非開示だが、勝敗に左右される体験、左右されない(されるべきではない)体験を見極めて、取り組めることはいくつもありそうである。
今後の課題:追いかけるべきKPIは何か
顧客体験の可視化や評価にはNPS(Net Promoter Score)🄬 が用いられることが多い。NPSの詳細の解説は割愛するが、NPSの数値が高い企業は実際にリピート率、購買頻度や金額が高いことが、多くの産業で検証されている点が特徴の一つである。
ただし、スポーツ界においてはその検証はなされていない。スポーツ観戦者の中で「他人に観戦を強く勧めたい」と思った人が実際に勧めているのか、誘って観戦しているのか、本人の再来訪率が高いのかなど、いわゆる購買(消費)行動との関連性が検証されていないのである。
アンケートの回答の中には、「チームの好みは人それぞれなので一概には勧められない」というコア層の声があることも事実である。もちろん、観戦の満足度を高めていくことに反対する人はいないし、誰かに勧めたいと思ってほしいと思うことも当然のことである。
今回のJリーグ観戦体験分析レポートでは、KPIとして「満足度」「再来訪意向」「推奨意向」を計測している。結果は下記のとおりで、観戦満足度は非常に高く、再訪問意向も高い。しかし、「再訪問意向が高いのに実際の再来訪率が高くないこと」がJリーグの課題の発端だったことを考えると、これら以外の指標にヒントがあると考えられる。
このような背景もあり、2024シーズンのアンケートに回答された人はご覧になったはずだが、新たに「勧誘意向」についても調査を行っている。JリーグIDを導入しているJリーグはファン・サポーターの来場履歴データを保有しているため、これらの結果指標に対してどれが先行指標になるのか、今後の調査、分析に期待したい。
※NPS 🄬は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、 NICE Systems, Inc. の登録商標又はサービスマークです。