企業や団体が実施する事業が社会に与えるインパクトを評価する手法として、SROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)分析があります。SROIは、費用便益分析を簡易かつ発展させたもので、社会的、経済的、環境的な変化を市場価値に換算して可視化する手法です。企業だけでなく、例えばスポーツクラブが行う様々な活動によって生じるアウトカムを評価する際にも活用されます。
今回、デロイト トーマツ コンサルティングのアライアンスパートナーであるBlue United Corporationがハワイで開催した子ども向けサッカー教室「Pacific Rim Cup 2024」を対象に、SROIを用いて社会的インパクトの分析を2023年に引き続き行いました。この分析はなるサッカー教室を越えた価値を創出するKeiki Soccer Clinicの社会的インパクトを可視化するとともに、前年と比較することでKeiki Soccer Clinicの将来的な展望を考えることを目的としています。
※「Pacific Rim Cup 2023」の分析に関する記事は、こちら【スポーツとコミュニティが生み出す社会的価値(デロイト トーマツ コンサルティング)】をご覧ください。
「Pacific Rim Cup2024」について
Pacific Rim Cup 2024は、2024年7月27日(土)と28日(日)にハワイ州ホノルルのWaipio Peninsula Soccer Complexで開催されました。クリニックでは、元サッカー日本代表の山田卓也氏、ハワイ出身で元プロサッカー選手のKenji Treschuk氏、Shandon Hopeau氏、そしてSeattle Sounders FC (MLS) のアカデミー採用責任者であるDavid “Bingy” Lara氏の4人がスペシャルコーチを務めました。
今回のクリニックは、前年と同じく子どもたちにサッカーの指導を行うだけでなく、2日目にはサッカーのトーナメントも実施されました。これにより、子どもたちは実際の試合形式でのプレーについて経験豊かなスペシャルコーチからのフィードバックを得ることができました。2日間で延べ150人の子どもたちと、その保護者、そしてのべ50人近いボランティアスタッフが関わり、地域全体でイベントを支える形となりました。
Pacific Rim Cup は、単なるサッカーイベントを超えた国際的な交流の場として機能しており、プロ選手や国際的なコーチから直接指導を受ける機会を提供していることに加え、多くの保護者やボランティアが参加することで、地域全体が一体となってイベントを盛り上げ、コミュニティの絆を深める貴重な機会となっています。
社会的インパクト可視化のアプローチ – ロジックモデルの追加と中期的アウトカムの測定対象追加
SROI分析は、インプット(投入された資源)に対して生み出されたアウトカム(成果)を金銭的価値に換算し、社会的インパクトを評価する手法です。この手法を用いることで、プログラムがどの程度の社会的価値を生み出しているかを定量的に評価することができます。
2023年の分析では、ロジックモデルを用いてプログラムのインプット、活動、アウトプット、短期・中期・長期のアウトカムを体系的に整理しました。2024年も同様に、昨年のロジックモデルをベースにして、トーナメントの要素を追加した新たなロジックモデルを作成しました。これにより、トーナメントがどのような活動を通じてどのような成果を生み出すかを明確にすることができました。
さらに、2024年はクリニックに継続的に参加していることで生じた中期アウトカムも測定対象としました。例えば、日常的にサッカーや他のスポーツ活動に積極的に参加するようになったことや、運動習慣が確立されたことなどが中期アウトカムとして測定の対象となっています。
Pacific Rim Cup の継続的な実施は、参加者にとって単なる一時的な体験に留まらず、日常生活におけるポジティブな変化をもたらす重要な機会となっているということが中期アウトカムの算出を通じて見えてきました。
2023年と2024年のSROI値の比較
Pacific Rim Cup のSROI値は、2023年と2024年で異なる結果となりました。2023年のSROI値は1.36であったのに対し、2024年のSROI値は1.03となり、2023年よりも若干低下しました。SROI値の低下は一見ネガティブな結果に見えるかもしれませんが、いくつかの重要な要因を考慮する必要があります。
まず、2024年の参加者数が減少したことが主な原因です。これまで非常に安価で提供されていたクリニックの参加費が、2024年は適正価格に引き上げられました。その結果、のべ参加者数は2023年と比較して減少しましたが、全ての枠が完売し、質の高いプログラムを提供できました。ただし、運営に関わるコスト(インプット)は参加人数が半減したからといって同様に半減するわけではないため、SROIの計算におけるインプット部分が相対的に大きくなった結果、SROI値は小さくなりました。
しかし、SROI値が1.0を超えていることは依然として重要です。これは、投入された資源に対して十分な社会的価値が創出されていることを示しています。さらに、ステークホルダー一人当たりに対して生み出された社会的価値を見ると、前回よりも大きくなっており、参加者が享受している社会的価値そのものは増加しています。これにより、Pacific Rim Cup の取り組みが参加者に対してより高い価値を提供していることが明らかになりました。
今後の展望 – より広いステークホルダーの測定と事業の継続性に関する考察
Pacific Rim Cup の今後の展望として、より広いステークホルダーの測定と事業の継続性に関する考察が重要です。これまでの取り組みでは、主に参加者である子どもたちやその保護者、ボランティアスタッフに焦点を当てていました。しかし、クリニックが地域全体に与える影響をより包括的に評価するためには、地域住民や地元企業など、より広範なステークホルダーを考慮する必要があります。
地域の人々がPacific Rim Cupの開催を通じてどのような社会的価値を享受しているのかを測定することで、イベントの真の影響力を把握することができます。例えば、地域コミュニティ全体の健康促進、地域経済の活性化、コミュニティの絆の強化など、多岐にわたる影響を評価することが求められます。
また、事業の継続性に関する考察も重要です。社会的価値を大きくすることは重要ですが、事業を持続的に行うためには、経済的な収支と社会的価値の創出のバランスを見極めることが必要です。適正価格の設定や効率的な運営方法の検討など、経済的な側面を考慮した上で、社会的価値の最大化を目指すアプローチが求められます。
今後の取り組みとしては、継続的な中期アウトカムの測定を続けること、そして長期アウトカムの算出を行うことが重要です。これにより、参加者の日常生活における長期的な変化を把握し、プログラムの改善点を明確にすることができます。さらに、地域全体のステークホルダーを対象にした評価を行うことで、Pacific Rim Cup がもたらす社会的価値の全体像をより包括的に理解することができるでしょう。