先日Curationでご紹介したGoal.comの記事、「マンチェスター・ユナイテッドが目を向ける次期スポーティング・ディレクターの候補者6名」から考察していきたい。
まず、イングランドの名門プロサッカークラブ、マンチェスター・ユナイテッドFC(マン・U)について簡単にご説明しよう。「赤い悪魔」と呼ばれ、世界的な人気を誇る同クラブは、1986年から27年もの長期にわたり指揮を執ったアレックス・ファーガソン監督の下で数々の栄光を獲得してきた。2012年から約2年間は、現セレッソ大阪の香川真司選手も所属した。
しかし、同監督が退任した2013年以降はプレミアリーグの優勝に縁がなく、欧州チャンピオンズリーグではベスト8の壁を越えられないでいる。近年、同地区のライバルであるマンチェスター・シティがリーグ3連覇を果たすなど勢いに乗っており、マン・Uファンとしてはこの状況を早く脱し、以前のような存在に戻りたいと強く願っているに違いない。
そんな中、25%の株式取得を試みる大富豪ジム・ラトクリフ氏はクラブの抜本的な改善を図ろうとしており、CEOだけでなく、現場の責任者であるスポーティング・ディレクター(SD)の人選を進めているという。ご紹介の記事で焦点が当てられているのは、SDの候補者が誰であるか、それはどんな人物なのか、という点である。
記事では、クリスタル・パレスのSDドギー・フリードマン氏(元プロサッカー選手)、アトレティコ・マドリードのSDアンドレア・ベルタ氏(元銀行員)ら6名の候補者が紹介され、それぞれの経歴がポイントを抑えて紹介されている。SDがクラブの命運を左右する重要なポジションであると、欧州では広く認知されていることが読み取れる。
多様性のある人選
日本でも12月3日(日)にJ1リーグ最終節が終わり、FIFAクラブワールドカップ参戦中の浦和レッズ以外のクラブはオフシーズンに突入している。連日、選手や監督等の契約状況に関するニュースが飛び交い、ついつい私自身も普段以上に頻繁にウェブサイトをチェックしてしまう。
もちろん強化部長やゼネラルマネジャー(GM)の去就も目にするが、マン・Uの記事のように複数人の候補者が紹介されるケースは滅多にないのではなかろうか。日本では、就任が決定した人物についてクラブの配信情報に基づいて報じるか、具体的な候補者1名について「~氏が就任する見込み」という内容が基本である。
しかし、ニュースとして取り上げられていたり、チームの結果が出なかった場合に矢面に立っていたりすることを考えると、強化責任者の仕事が重要視されているのはJリーグでも同じである。確かに、組織構造をシンプルに考えれば至って自然なことだ。
日本の一般的なプロサッカークラブの組織は、サッカーに直接的に関わる強化部門(フットボール本部等と呼ばれ、強化部、育成部、普及部等が含まれる)と、事業部門(事業本部等と呼ばれ、総務、経理、営業、広報等が含まれる)の2つに分かれており、それぞれの役職は次のようになっている。
(強化部門)オーナー/社長 – GM/SD/強化部長 – 監督/スタッフ – 選手
(事業部門)オーナー – 社長 – 事業本部長 – 部長/課長 – 一般社員
※欧州クラブとの組織上の違いとして、日本では社長の次にGMが位置するケースが多いが、欧州では社長とGMの役割が異なるため、並列の立場であることが多い。
当然、クラブ内で最も影響力が大きいのは社長であり、組織上その次がGMや事業本部長である。ピッチで活躍する選手や監督は華やかな存在で、彼らの動向に注目が集まることに違和感はない。しかし影響力を考えると、それ以上にGM人事が注目されてしかるべきだ。彼らは結果を受けて評価されるだけでなく、就任前から様々な議論がなされるべきだろう。
さらに興味深い点は、記事内のSD候補者の経歴が様々であるということだ。やはり元選手が中心だが、元銀行員がいて、国籍もバラバラである。翻ってJクラブに目を移すと、基本的には元プロサッカー選手や、ある程度のレベルまで達した元選手であり、サッカー界で長く活躍している似たような経歴の方が多い。
30年の歴史において、Jリーグではブラジルや欧州の国々を中心に多くの外国籍選手、多くの外国籍監督・コーチが活躍してきた。また、世界有数の金融機関で経験を積んだ方を社長に迎えて、成長したクラブもある。言い換えれば、Jリーグも多様な人材を受け入れることで発展してきたと言える。
このように今後、GMや強化部長、クラブ社長の多様性がさらに進み、このポジションに今まで以上に様々なバックグラウンドを持った方が参入してくることもあり得るだろう。本サイト内で掲載した野々村芳和Jリーグチェアマンのインタビュー後編にもあったように、日本のプロスポーツクラブが今後「本気で世界と戦っていく」上では、上層部に新しい風を吹き込むことも一つの選択肢と言えるかもしれない。
サッカーに限らず、クラブ全体の人材採用においても、当該スポーツへの情熱、縁やタイミング(重要な要素ではある)に偏り過ぎず、求める人材や能力を明確にして多様性のある人事を行うことで、スポーツ界の成長が加速していくだろう。実現するか否かは次のステップとして、まずはその可能性を選択肢に含めることが重要だと考える。