• リーグ経営

2024.07.02

物事を本質的に変える役割【前編】

葦原 一正

株式会社 ZERO-ONE 代表取締役

リーグ経営をテーマにした最後のインタビューでは、2つのプロ野球球団と2つのトップリーグに携わってきた葦原一正氏にスポットライトを当てる。

リーグに求められる役割やリーグとチームの関係性など、両方の立場を経験したからこその言葉で、じっくりと解説していただいた。

スポーツの仕事を志したきっかけなど、ご経歴を簡単に教えてください。

中学3年生のときに週刊ベースボールを読んで米国には選手以外にトレーナーという職業があることを知り、自分もスポーツを支える仕事をしたいと思ったことがきっかけです。日本ではスポーツビジネスの「ス」の字もないようなころでしたから、自分なりに調べたり色々な方にお会いしたりし、少しずつスポーツに関する勉強をしました。

大学卒業後は戦略的にスポーツとは関係ない分野を選び、アーサー・D・リトル(ジャパン)というコンサルティングファームで様々な経験をさせていただきました。その後、2007年に29歳でオリックス・バファローズ、2012年に横浜DeNAベイスターズ、新リーグ開幕前年の2015年にBリーグ、2021年に日本ハンドボールリーグを経験しました。その間に、自身で会社も立ち上げました。意図を持って競技を選んできたわけではなく、スポーツ界を少しでも良くしたいという思いで、ご縁をいただいてキャリアを積んできました。

スポーツビジネスに活躍の場を移した当時、印象深いことはありましたか。

コンサルティングファームでスポーツ業界に転職することを伝えた際、なぜ、わざわざ不安定な業界を選ぶのかと言われたことは今でも鮮明に覚えています。私自身、スポーツ業界は独特な世界だろうと身構えていたのですが、実は普通のビジネスと一緒でした。何を売るかの違いがあるだけで、業務自体はそれほど特殊ではないと思います。

一般的なビジネスとスポーツビジネスの共通点や相違点について、もう少し詳しくお聞かせください。

マーケティングして顧客にモノを売る、スポンサーに対して価値を提供して収入を得る。これらは一般的なビジネスと基本的な考え方は同じです。相違点は競合の考え方だと思います。

例えば、ある消費財ビジネスの場合は競合他社が存在しない方が自社にとって都合が良いですが、スポーツビジネスはそうはいきません。スポーツでは、あるチームにとっての競合は相手チームではあるのですが、対戦相手がいてこそ試合という商品が成立します。

これは今回のテーマに直結する話で、ここにリーグの本質があります。リーグとしては、個別最適ではなく全体最適の中で、どのようにルールを設計していくかが重要です。リーグや協会が存在するという事実こそ、スポーツの特異性の現れだと言えます。

Bリーグの初代事務局長を務められた際、どのようなことに主眼を置かれたのですか。

海外のリーグをベンチマークする中で、リーグの役割の重要性は理解していました。さらに私の根源には、自分が球団で働いていたときに強く感じていた「なぜ、これをNPB(日本野球機構)がやってくれないのか」のいう考えがありました。例えば、データを活用したマーケティングやウェブサイトの構築など、同じ業務を12球団が別々に取り組むのではなく、リーグが一括して進めた方が絶対に効率的だからです。

米国ではリーグが強いリーダーシップを発揮していることを学びましたし、リーグが変わらなければチームも変わらないと感じていました。そのときの「1」を「1.1」や「1.2」にすることはチームにもできますが、「2」や「3」もしくは「10」にするのは、リーグでしか実現できません。つまり、スポーツをより大きく成長させていくためには、自分自身がリーグで働くことが必要だと、球団にいるときから考えていました。

実体験に基づいて、自分なりのアイデアを持っていらしたのですね。

はい。ですから、Bリーグでは最初に権利の集約化に取り組みました。具体的には、プラットフォームの整備とスポンサーや放映権の販売方法の2つです。

一つ目に関しては、チームが使うプラットフォームは全てリーグで用意することにしました。当時はチケットや物販のシステム、ウェブサイトの構築などをクラブごとに取り組んでいましたが、リーグが集約して対応し、全チーム統一で使えるようにしました。

二つ目に関しても本質は同じで、米国のように販売権をリーグに集約しなければ、大きな成長は見込めないだろう考えていました。私としては、弱者の戦略として必要な考えだと思っていました。

やはり途中で切り替えるのは難しいですから、新リーグ開幕前に取り組めたことは大きな効果があったと思います。川淵(三郎)さんが強いリーダーシップを発揮されていたタイミングで、これらを推進できた点は幸運でした。

日本ハンドボールリーグでのご経験も踏まえて、リーグ経営に共通する課題や特異な課題は何かありますか。

共通点として強く感じたことは、日本ではリーグの重要さがまだ認知されていないがために、人材への投資が限られている点です。私はここに強い問題意識を持っています。日本でスポーツの仕事に就こうと考えた場合、9割以上の人がチームで働くことをイメージすると思いますが、制度設計等を通じて物事を大きく変えることができるのはリーグや協会で、いわゆる上流と言われる組織です。

当然チームにも良い人材は必要ですが、リーグや協会で優秀な人材を確保しなければ本質的な部分が変わりませんし、そのスポーツが発展していかないでしょう。しかも、チームとリーグでは求められる人材は全く異なります。この20年でクラブは成長してきましたので、次の10年、20年はリーグや協会が成長していく番だと考えています。

チームとリーグの両方を経験したから分かりますが、チームの仕事は面白さを感じやすいものです。試合の勝敗や観客数という分かりやすい結果があり、社内の空気を勢いやノリによって醸成できる側面があります。

一方、リーグは常にフェアネスが求められる中で制度設計を行います。代表チームの活動は協会の仕事ですから、リーグのスタッフは試合の勝敗には直接的に関わりません。ファンから評価される機会が少ない上に、各チームから様々な意見が届きますので、なかなか仕事の楽しさを感じにくい環境です。

しかし、やはり物事を本質的に変革したいのなら、リーグで働くべきだと思います。そのためには相当なメンタルタフネスと、ある程度のロジカルシンキングが必要です。自分なりのビジョンがあり、それを実現するために何をすべきかを論理立てて設計できる人材は、リーグの仕事を楽しめるのではないでしょうか。

葦原さんは、リーグとチームの関係をどのように表現しますか。リーグの置かれているフェーズの違いはありますが、村井さんは補完する関係、大河さんは牽引する関係とおっしゃっていました。

リーグとチームは利益相反事項が多いですし、私は今の在り方が本当に良いのかと常に考えています。例えばアリーナに良い観戦スペースがあったとして、チームとしてはチケットを売りたいけど、リーグとしては中継用のカメラを置きたいとか、何らかの権利を販売する際に、それをチームの権利にするのか、リーグの権利にするのかということが常に起こります。

個人的には、メジャーではない競技は全てをリーグに集約して一括で対応し、チームに利益分配した方が絶対に効率が良いと思っています。要は、リーグは所属チームを集約して一括対応する役割を果たすべきだと思っています。もちろん、日本の各スポーツリーグの在り方にもそれぞれに良い面がありますが、違う方法があるのではないかという議論がなされても良いと考えています。

リーグかチームかを選べるとしたら、次はどちらで働きたいですか。

本音を素直に言えば、チームですね。顧客との接点が直接あり、試合の勝敗がある方が絶対に楽しいですから。しかし、まだバリバリ働ける40代なので、ご縁をいただけるのであれば再びリーグの仕事にチャレンジした方がいいのかなという気持ちもあります。

 

※後編(7/16掲載)は、こちら へ!

プロフィール

1977年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院卒業後にアーサー・D・リトル(ジャパン)に入社。2007年にオリックス・バファローズ(オリックス野球クラブ)、2012年に横浜DeNAベイスターズに参画。2015年に公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグに入社して初代事務局長としてBリーグを立ち上げ、2021年には一般社団法人日本ハンドボールリーグの初代代表理事を務めた。現在は自身が設立した株式会社ZERO-ONEにて、スポーツビジネスを中心としたコンサルティングサービスを展開する。

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