• パートナーシップ

2024.01.23

スポーツビジネスは特別なものではない【後編】

氏家 翔太

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社スペシャリストリード

後編では、より具体的な事例に触れながら、氏家が実体験の中で感じたパートナーシップの特徴に迫っていく。

今後のパートナーシップの在り方をどのように捉え、スポーツビジネスがさらに発展していくためには何が必要だと考えているのだろうか。

パートナーシップ契約締結後、時間の経過とともにパートナーシップの内容が変わることもあるのではないでしょうか。

そうですね。例えば、FC今治とデロイト トーマツ グループ(以下デロイト トーマツ)はソーシャルインパクトパートナーとして契約を結んでおり、私が最初にアクティベーションを担当したのも同社でした。デロイト トーマツは教育、スキル開発、機会創出の 3分野で、2030年までに日本国内では200万人、デロイト グローバルでは全世界で累計1億人に対してポジティブなインパクトを及ぼすことを目指す「WorldClass」という取り組みを行っています。

そこで、両社で環境教育プログラムをベースとした冊子「わたし、地球」を制作し、今治市の小学生に寄贈する取り組みをスタートしました。これまでに5,000人を超える子どもたちに冊子を届けましたし、これを原作とした有名キャラクター主演の動画にもなり、ショートショートフィルムフェスティバルでも紹介されるなど、より多くの方に「わたし、地球」を届けることができました。

このケースではアクティベーションを通じて社会的価値の創出を行いましたが、サッカークラブの運営や環境教育事業も含め、FC今治がどれだけの社会的価値を生み出しているかを経済的価値に置き換えて可視化しようという、社会的投資収益率(Social Return on Investment:SROI)を算出するという取り組みにもつながっていきました。あくまで一例ですが、パートナーシップを締結してアクティベーションを行うことで、その内容が進化したり深化したりしていきました。

 

パートナーシップにおいては、1年目に知り合い、2年目に理解を深めて、3年目に満足できるという関係が理想と言われます。

そうですね。1年目は、一緒に仕事をすることで初めて分かる互いのケイパビリティや担当者の人柄など理解しながら、プランしたアクティベーションを実現しようとする。2年目は、互いのことを知った上でアクティベーションを改善して理解を深め合う。そして3年目は、2年間の経験や理解を生かして次のゴールを設定し、まさにパートナーとして伴走するという形が理想的だと思います。

そのためには、各パートナー企業の様々な要望や期待に応えられるような幅と深みが必要です。FC今治ではパートナーシップグループの人数を徐々に増やしていき、それぞれが異なる知識や経験、強みを持ったメンバーで構成していました。当時は、主にクラブを応援してくれている地元企業を担当するスタッフと、主に東京や大阪などの全国的な企業とのアクティベーションを担当するスタッフという形で、大まかな役割分担をしていました。

どちらも大事ですし、それぞれに求められる能力も異なるので、各スタッフの強みをより生かせるように役割を考えていました。件数や売り上げのノルマを設定して個々に割り振るようなことはせず、また、その企業の担当か否かに関わらず、パートナー企業との価値創出のためにスタッフ全員で協力しながら仕事をすることを心掛けていました。

 

社内でのコミュニケーションにも多くの時間を掛けていたのでしょうね。

いわゆる会議体でのコミュニケーションだけでなく、1on1や雑談も含めてスタッフとコミュニケーションを取る時間を意識的に確保するようにしていました。コミュニケーションには情報伝達、議論、人間関係構築の3種類があると思いますが、スタッフ間で十分に情報を共有し、それぞれの知見や強みを生かして議論できる関係性があれば、足し算ではなく掛け算で互いを生かし合いながら、より価値の高い仕事ができると考えています。ですから、アクティベーションでの連携が多かった環境教育等を担当するグループのスタッフと、パートナーシップグループのスタッフとのコミュニケーションも積極的に図るように心掛けていました。

 

スポーツの特異性である「応援してくれる企業」とのパートナーシップと、アクティベーションを行う企業とのパートナーシップを両立していた点が興味深いです。

「アクティベーション」というと何か特別な活動を行うような印象があり、私も入社当時はそのような感覚を持っていました。しかし、パートナー企業に価値を還元する取り組みをすることや、パートナー企業と連携して価値を創出することをアクティベーションだと定義すると、応援してくれている企業にさらに楽しんでもらえるような施策を行うこともアクティベーションであると気が付きました。

ですから、先程のデロイト トーマツとのアクティベーションもあれば、社外報を作成したり企業の交流イベントを実施したりすることで、パートナー企業のエンゲージメントを高めるようなアクティベーションもありました。どちらも価値を還元したり価値を生み出したりする点は共通していて、2つのものを両立していたというよりは、1つのものだけれど色味が異なるというイメージです。

 

今はスポーツクラブ側からパートナー企業という逆の立場になったわけですが、企業としてはスポーツクラブに何を求めているのでしょうか。

大きく分けると社会貢献、ブランディング、ビジネス創出の3つだと考えています。デロイト トーマツとFC今治のパートナーシップでは、先程の「わたし、地球」は環境教育を子どもたちに届けるという社会貢献の例です。自社だけもできないわけではありませんが、クラブと連携することで生み出される価値がより大きくなり、より社会貢献ができるようになっています。

また、この活動を対外的に発信することでデロイト トーマツのイメージ向上にもつながっていますから、ブランディングにも寄与していると言えます。ビジネス創出については、パートナーシップを投資と考えると、投じた費用を回収する必要があります。クラブとの取り組みが直接的に収入につながることはなくとも、それを生かして他の企業に対して売れる商品を開発することで、ビジネス創出につながります。例えば、SROIを一つのサービス商品として他のスポーツなどに展開していくことなどが考えられます。

 

氏家さんは当時、スポーツ業界の外から中に入られたわけですが、さらにスポーツ業界が活性化するために人材の多様性は大切だと思いますか。

はい、非常に大切だと思います。個人的な感覚ですが、今はスポーツ業界で働く人のほとんどをスポーツに高い関心を持っている人、言い換えればスポーツファンが占めているように感じます。もちろん、スポーツに対して熱い思いを持つ人がスポーツ業界で活躍することは素晴らしいのですが、それだけだとスポーツファンに限られたビジネスになってしまいかねません。

私がFC今治で感じたことは、スポーツは熱いファン以外にも幅広い層の方に興味を持っていただける可能性があることと、様々な業界の企業とつながることができるということです。スポーツビジネスは何か特別なものではなく、世の中にあるビジネスの1つであり、シームレスに考えていくべきだと思います。スポーツファンではない人材もスポーツ業界で当たり前に働くようになることで、スポーツファン以外にもビジネスが広がっていき、スポーツビジネスがさらにスケールすることにつながるのではないでしょうか。

 

スポンサーからパートナーシップと言葉自体が変化しているように、今回お話しした考え方が主流になっていくと思います。

実際にそうなるかは分かりませんが、なるべきだと思っています。スポンサーから一方的に支えてもらう段階から、今はアクティベーションを通じてクラブもパートナー企業に価値を還元する段階に至っています。今後は互いのサービス、技術、つながりなどの資産を生かし、スポーツとの掛け算で生み出した価値をレベニューシェアするような形にシフトしていくことが理想だと考えています。個人的には、パートナー収入全体を意味するものとして、「広告料収入」という言葉が使われなくなることが、本当の意味でスポーツクラブが他企業とのパートナーシップを確立したときだと思っています。

プロフィール

都内の外国語教育関連企業CEOを経て、スポンサーシップ(現パートナーシップ)グループ長として2019年5月に今治.夢スポーツ入社。同年11月より執行役員に就任。スポンサーシップからパートナーシップへの転換を掲げ、デロイト トーマツ グループと行ったしまなみアースランドの環境教育プログラムをベースとした環境教育冊子「わたし、地球」の共同制作を主導するなど、サッカークラブの運営会社にとどまらないパートナーアクティベーションの在り方を確立。2023年3月にデロイト トーマツ コンサルティングに入社し、スペシャリストとしてスポーツおよび教育の分野における社会的価値の創出のモデルづくりに注力している。

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