• 強化部ビジネス

2023.12.05

10年先を見据えた人事【前編】

吉岡 宗重

鹿島アントラーズ 取締役 フットボールダイレクター

強化部ビジネスをテーマにした3回目は、鹿島アントラーズの吉岡宗重氏にお話を伺った。

Jリーグを代表するクラブの一つとして、近年の世界の潮流をどのように分析し、どのように対応しようとしているのか。

前編では吉岡氏の経験を振り返りながら、鹿島のフィロソフィーの特長と、今後どのような変化が求められるかについて語っていく。

まず、強化担当の仕事に就かれた経緯を教えてください。

高校の時に1年間のブラジル留学を経てプレーを続ける中で、漠然と将来はサッカーに関わる仕事がしたいと考えていました。どんな仕事があるのか 分からない状況で、大学卒業後は指導者として歩み始めましたが、徐々にマネジメント等に興味を持ち始めたころ、鹿島アントラーズで研修させていただく機会がありました。サッカーの仕事をする以上はJクラブで働きたいと考えていただけに、そこからJクラブや鹿島を強く意識するようになりました。

そんな中、2005年の冬に強化担当者と通訳を探していた大分トリニータからお声掛けいただき、迷わず飛び込みました。強化の仕事は右も左も分からない状況でのスタートでしたね。

現在の土台になる仕事は、どのように学ばれたのでしょうか。

町田ゼルビアのフットボールダイレクターである原(靖)さんが当時の上司で、ほぼ全業務に関わらせていただいたことが良かったと思います。最初は分からないことが多くミスも相当ありましたが、私は当時26歳くらいで強化担当者では若い方でしたから、他クラブの方も様々なことを教えてくれました。

その中には(鈴木)満さん(現鹿島 フットボールアドバイザー)もいましたし、色々な方に質問して教えを受け、自分なりの仕事の仕方を見つけていきました。大分では通訳の仕事を手伝ったり、外国人選手の身の回りのサポートをしたり、チームバスを運転したり、“何でも屋さん”としてベースを作った感じです。

当時の大分は有望な若い選手が多く、非常に強かったですよね。

2008年のナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)優勝時のメンバーを振り返ると、西川周作(現浦和レッズ)や金崎夢生(現FC琉球)、清武弘嗣(現セレッソ大阪)、東慶悟(現FC東京)など、非常に良い選手が多かったですね。正直あの優勝は自分の力ではなく、数年かけてクラブとして取り組んできたことが実った形でした。もちろん、その一部を担えたのは非常にうれしいことでした。

どういう経緯で鹿島に移られたのでしょうか。

大分のJ2降格が決まった2009年に実は一度、満さんからお声掛けいただいたんです。私 自身、非常に驚きました。原さんが退任されるタイミングで、自分も責任を感じて辞めるべきだと考えていたのですが、大分から強化責任者として残ってほしいと言っていただき、その時は満さんにお断りの連絡を入れました。

新たなチャレンジのチャンスを逃す形となりましたが、満さんは「今すぐに必要なわけではないから待つ」と言ってくださった。鹿島としては10年後に強化責任者を担える人材が必要になるから、と。結果的に1年後、大分の社長としっかりと話をした上で、鹿島に送り出していただきました。

当時から鈴木氏の後継者を探していたわけですね。

私や春日(洋平:現鹿島 取締役マーケティングダイレクター)が加わった2011年 は、鹿島が「VISION KA41」などクラブの将来を深く考え始めた時期でした。満さんと(鈴木)秀樹さん(現鹿島 取締役副社長)が両輪でクラブを牽引していた中、二人が60歳を超えるころまでに次の世代を育てなければという考えがあり、必ず後継者を担えるかは別問題として、人材確保を進める中で声を掛けていただいた形です。

多くの候補者がいる中で、自己分析として何が評価されたと思われますか。

年齢的なタイミングもあると思います。同世代で強化の仕事をしている人は少なかったですし、4、5年の経験によって、私には強化担当者としてのベースがありました。また、特に“色”が付いていなかった点も良かったのだと思います。鹿島のフィロソフィーを理解していなければ、クラブにとって正しい判断ができませんから、鹿島のことを吸収できる人材を探していく過程で選んでいただけたのかと思います。

 

ジーコ氏や鈴木満氏らが積み重ねてきたフィロソフィー、鹿島らしさは、どう表現するのが適切でしょうか。

一つは、勝利への執着心です。現場スタッフだけでなく、フロントスタッフも含めて全員が「すべては勝利のために」というミッションを理解し、勝利に対する強い思いを持っています。鹿島では「勝利」という言葉の定義が「タイトル」であり、目線を高く持っていることも特長的だと思います。

もう一つは、結束力です。どれだけ良い人材や選手が集まっていても、結束できなければ強いチームにはなれません。鹿島では結束力を非常に重要視していて、それが結果につながっているんだと実際にこのクラブに来て感じました。

軸があると強いですよね。意見が分かれた場合に立ち帰る場所がある。

クラブの行動指針として「すべては勝利のために」というミッションと、ジーコさんが残してくれた「献身」「誠実」「尊重」という3つの言葉があります。また、「Go Bold」「All for One」「Be a Pro」という親会社であるメルカリのバリューは、鹿島が取り組んできたことと非常に親和性が高いですし、クラブに関わる全員がこの判断軸 を理解し、実行していると感じます。

結果が厳しく問われるプロスポーツの世界では、数年で方針が変わるケースが散見されます。鹿島が継続的に取り組めている理由は何だと思われますか。

鹿島には長く働いている方が多く、成功も失敗も含めて様々なことを経験されていますし、経験豊富な方がいるからこそ継続できる部分もあると思います。担当者や責任者が交代すると、新任者は新しい取り組みをして自分の色を出そうとしたり、前任者の否定から入るケース があったりするため、どうしても積み上げが難しい状況になってしまうのではないでしょうか。

鹿島は満さんと秀樹さん、ジーコさんたちが約30年間クラブを引っ張ってきて、タイトルを獲得してきたことで、自分たちが正しい方向に行っているのだという認識が持てたのだと思います。

2022年、強化部を長年マネジメントされた鈴木氏から引き継がれた際の率直な思いを聞かせてください。

率直に言うと、簡単な仕事ではないと実感しています。勝利のためにクラブの方向性を決めなければならず、日々、判断の連続です。一強化担当者であれば、自分が見て、感じたことを直感や感覚に基づいて話すことができますが、今は彼らの意見を集約して方向性を決めなければいけません。

大きく言えば、自分の判断がタイトルを取れるか否かに直結するわけですから、意見を述べることと判断することは全く別物で、簡単なことではないと痛感しています。しかも、強化のことだけを考慮すれば良いわけではなく、マーケティング面なども含めた総合的な判断が求められます。

鈴木氏は退任時のコメントで、「勝利を積み重ねていくためには、築き上げた哲学の継承とともにチームの改革が必要な時期に来ている」と述べられています。どのような改革が必要と思われていますか。

長年培ってきたものを引き継ぎながら、ピッチ内外で変化のサイクルが非常に早くなってきているので、それを確実にキャッチアップしていくことが必要だと考えています。また、データや様々なツールを活用し、客観的な要素を踏まえて正確な判断を下さなければなりません。

世界でどのようなことが起こっているのか、特に近年の主流である欧州で何が行われているのかを理解した上で、鹿島らしい判断ができるようにする必要があると感じています。クラブとしても欧州とのネットワークを構築し、情報を得たり人脈を作ったりしていかなければいけないでしょう。選手育成で連携できるクラブがあれば、選手個々の成長の可能性が広がりますし、マーケティングなど様々な分野で情報交換ができるクラブを探したいと考えています。

最近の変化や潮流について、特に気になる部分があれば教えてください。

日本のサッカーは技術レベルが高いと思いますが、フィジカル的な要素は上げていく必要があると思います。私たちは2度、クラブ・ワールドカップでレアル・マドリードと対戦していますが、横浜で対戦した2016年とUAEで対戦した2018年では全く違うチームだと感じました。

フィジカル的な要素の差によって、何もさせてもらえなかったのです。リバープレートとの3位決定戦でもインテンシティの差を感じました。技術は全く劣っていませんが、技術を発揮するためのベースとなる、フィジカル面を上げていく必要性を感じましたし、それは海外クラブとの真剣勝負の場でしか得られない部分だと思います。

後編では、近年の移籍状況など特徴を鑑み、どのような戦略をとっているのかに迫る――。

プロフィール

1978年、大分県生まれ。日本文理大学附属高校時代にサッカー部のブラジル留学制度1期生として1年間渡伯し、日本文理大学ではレギュラーとして活躍。卒業後は指導者の道へ進み、同大学に5年間在籍した。そこで培われた確かな手腕を買われ、大分トリニータに強化担当として着任し、2011年から活躍の場を鹿島アントラーズへと移した。鹿島で長く強化責任者を務めた鈴木満氏の思いとクラブの伝統を引き継ぎ、2022シーズンよりフットボールダイレクターに着任。強化責任者としてチームやスタッフの編成、契約交渉、クラブ内の調整等に尽力する。

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