• 強化部ビジネス

2023.12.19

伝統の継承と先を見据えた柔軟性【後編】

吉岡 宗重

鹿島アントラーズ 取締役 フットボールダイレクター

多くの選手が海外移籍を希望する中で、鹿島ではどのような戦略でタイトル獲得を目指すチームづくりと選手育成のバランスを取っているのか。

海外の情報を取り入れて対応しながら、Jクラブを牽引する立場として日本サッカー界における貢献も意識する。

強化責任者には相当なプレッシャーがかかるが、日本が世界で戦っていく上で、彼らの成長や活躍は必要不可欠である。

鹿島には歴史と伝統があり、結果を出してきた数少ないクラブだと思います。その中で何かを変化させたり、潮流を見てチャレンジしたりする状況では、苦悩もあるかと思います。

鹿島で求められるのはタイトルであり、我慢が許容されるクラブではありません。勝利に対するプレッシャーはクラブの全員が感じていますし、結果が約束されない世界で毎年タイトル獲得に向けて戦っていく、限られた時間の中で準備して結果を出していく難しさは感じています。

ただ、プレッシャーがあるから大変だという話ではありません。タイトルという目標に向けて常に目線を高く保っているからこそ、鹿島は少なくとも一桁順位や5位以内に入り続けてきました。目標や目線が下がってしまうと中位や下位、もしかしたらJ2に降格してしまう可能性さえあり、そのスピードは早いと思うので、タイトルを目指して戦い続けることが重要だと思います。

直近の試合やシーズンで結果を残す任務を負いながら、中長期にどう継続させるか、どう選手を育てるかという任務も並行して求められると思います。短期の目標と中長期の目標のバランスは、どのように取っているのでしょうか。

シーズンごとに状況は変わりますが、「世界に挑む強いクラブ」であり続けることは常に目標としています。まずはアジアの舞台で戦うことをベースに、クラブ・ワールドカップのような大会に常に出場できるようにしたいという高い目線を持つことは、クラブ全体で共有している目標です。

目先の勝利だけを追うのであれば、その時点で戦える選手だけをそろえればいいですが、それだと中長期的に強いクラブを作ることは難しいので、選手編成においては勝利と育成の割合を常に考えています。育成に関しては、同じポジションに外国籍選手を獲得しないようにして若い選手の成長を促し、数年後に彼らがチームの主力になる形を取っています。

ただ、近年の傾向として、主力に成長した選手が短期間で海外クラブに移籍してしまうジレンマがあります。今までなら10年くらいは在籍してくれましたが、今は目立った活躍をしたらすぐに海外でチャレンジしたい選手が増えているため 、育成サイクルを早める必要があると考えています。自クラブで育てるだけではなく、期限付き移籍の活用も必要です。

また、主力選手が短期間で移籍してしまうと、鹿島らしさの継続が難しくなると感じています。現在はフットボール以外の部分でも鹿島を理解している人材、鹿島らしさを伝えることができるコーチングスタッフをそろえていますが、それだけでは伝統の維持は難しいでしょう。鈴木優磨選手、植田直通選手、柴崎岳選手のように、鹿島で育って海外に出て、より良いものを吸収して戻ってくるというサイクルが、新しい鹿島を作っていく上で必要不可欠だと考えています。

選手獲得の際に大切にしているポイントはありますか。

最初から「鹿島らしい」選手はいませんから、そのベースを持った選手かを判断するために、献身性があるか、誠実であるかなど、まずはクラブのフィロソフィーに合致するかを見ています。その上で技術、メンタル、フィジカルなど、どんな武器があるかを見ますね。

ですから、アカデミーの活動が非常に大事になってくるのです。スタッフには鹿島でプレー経験のある人材が多いですし、アカデミーで良い選手を獲得してクラブのフィロソフィーを学ばせ 、鹿島らしい選手を次々とトップ昇格させることが理想です。仮に主力選手が移籍してしまっても、次の選手が控えているという好循環を作っていきたいと考えています。

柳沢敦氏や小笠原満男氏のようなスタッフを、意識的に獲得されているのですね。

そうですね。彼らは、現役時代はプレーを通じて若い世代に、今は指導者としてアカデミーの選手たちに鹿島らしさを伝えてくれています。クラブにとって非常に重要な取り組みであり、今後5年、10年先を見たときに大きな価値を生むと思います。アカデミースタッフは将来の主力選手を輩出するために努力してくれているので、今後アカデミーからトップ昇格する選手が増えることは間違いありません。

例えば今年トップ昇格した下田栄祐選手は、いわきFCに期限付き移籍をしました。以前なら、3年ほどかけてフィロソフィーを習得させていましたが、アカデミー出身の下田選手は鹿島らしさやプロ選手としてのベースを持っていたので、思い切って1年目から他クラブに出しました。鹿島にいたらプレー機会が限られたかもしれませんが、今年はJ2で多くの試合に出場しましたし、いわきFCと連携したことで彼の成長スピードは確実に早まったと思います。

改革という言葉は何かを変えるという意味ですが、潮流に順応したり、柔軟に対応したりすることなのかもしれませんね。

クラブとしては、主力選手には可能な限り長く在籍してもらいたいですが、選手としては早く欧州に行きたいという思いが強いので、移籍に関して両者の意向は必ずしもそろいません。「今回は難しいけど、次のタイミングで考えよう」など、選手がモチベーションを落とさないようにコミュニケーションを取ることが必要ですし、適切な移籍金を得られる仕組みを作っていかなければいけないと考えています。

海外に移籍しやすい契約を希望する選手に対して、クラブとしては移籍金ゼロで出したくない現実があります。選手と契約の巻き直しをする際に、この部分の折り合いをつけるのが非常に難しいですが、しっかりと移籍金を得てクラブの収益が上がるように、選手契約を結ぶことを意識しています。

日本人選手が早い段階で海外クラブに移籍する潮流が続く中で、しっかりと移籍金を得ていかなければなりませんね。

Jクラブの日本人選手が安価で獲得できることもあり、ここ10年くらいは海外クラブにとってはお試しのような部分がありました。しかし、日本人選手が欧州でも活躍できることは十分に証明されていますし、私たちJクラブを含めた業界全体で日本人選手の価値を上げていく必要があると思います。適切な移籍金を得る流れを作ることができれば、業界全体でお金が回っていくはずです。

例えば、鹿島の選手が移籍する際に多くの移籍金を得ることができれば、私たちも移籍金を支払って他クラブから選手を獲得することができます。しかし、現状はJクラブ全体として選手が移籍しやすい契約になっているケースが多い。そういう時代は終わったと思うので、クラブと選手がコミュニケーションを取りながら、移籍金によってクラブに収益をもたらす流れを作る必要があると思います。

今後、日本が世界のマーケットで戦 っていく上で、何が求められると思われますか。

欧州を中心とした海外との関係性の構築が必要不可欠だと思います。なぜなら、選手たちの目が欧州に向いているからです。また、現在は選手のエージェントがオファーを持ってくる流れが一般的ですが、今後はクラブと選手が密にコミュニケーションを取り、互いにとってより良いタイミングや条件で、クラブからオファーを提示することが必要でしょう。それにより、選手の成長を一緒に考えていくことができるようになります。

先程、提携クラブの話をしましたが、複数のクラブと提携して選手にマッチした移籍先を提案できるようになれば、鹿島への加入を希望する若い選手も増えると思います。ただ、私たちの目的は選手を海外に送り出すことではなく、クラブとしてタイトルを獲得することですから、クラブにタイトルをもたらした後で、次のステップとして海外に行く、という流れを作りたいと考えています。

吉岡さんのようになりたいと思う人材が増えることが、日本サッカーの成長につながると思います。インタビューを通じて強化の仕事は非常に大変であると理解できましたが、強化責任者にはどのような要素が求められると思われますか。

フットボールを深く理解している必要があります。その上で、契約や移籍のルールを熟知し、経営的な視点も持たなければいけません。また、マーケティングや総務など、クラブ内で横の連携が取れる人材であることも求められると思います。

大変なことも多いですが、非常にやりがいのある仕事であることは間違いありません。私のような立場を目指す人が増えてくれればうれしいです。

プロフィール

1978年、大分県生まれ。日本文理大学附属高校時代にサッカー部のブラジル留学制度1期生として1年間渡伯し、日本文理大学ではレギュラーとして活躍。卒業後は指導者の道へ進み、同大学に5年間在籍した。そこで培われた確かな手腕を買われ、大分トリニータに強化担当として着任し、2011年から活躍の場を鹿島アントラーズへと移した。鹿島で長く強化責任者を務めた鈴木満氏の思いとクラブの伝統を引き継ぎ、2022シーズンよりフットボールダイレクターに着任。強化責任者としてチームやスタッフの編成、契約交渉、クラブ内の調整等に尽力する。

Recommend

keyword

Back to Index