• 強化部ビジネス

2023.10.10

経営における重要な収入の柱【前編】

利重 孝夫

シティ・フットボール・グループ 日本法人 代表

本企画のスタートにあたり、最初の大きなテーマとして「強化部ビジネス」を据えた。日本でも認知され始め、今後の伸びしろとして期待が掛かる分野である。

第1回はシティ・フットボール・グループ(CFG)日本法人代表、利重孝夫 氏にご登場いただいた。

CFGの経営参画によって、2019年と2022年にリーグ優勝を果たすなど、横浜F・マリノス(横浜FM)は近年ピッチ内外で結果を残している。

プロクラブ経営において、強化部が担う役割、そして、強化部が行うビジネスとはどんなものなのか。横浜FMで変革の旗振り役を担った利重氏に話を聞いた。

まずは前編をお届けする。

まずは、大きなお話からお聞きします。海外のトップクラブと日本のクラブには経営面でどのような違いがありますか。

前提として、この違いは優劣ではなく、種類の違いであるという点を先に強調させてください。まず、海外のクラブ経営の手法として、大きく分けて欧州型と米国型が挙げられます。彼らと日本を比較すると、欧州とは歴史の長さによる深みや経験値の違いがあり、米国とはリーグの制度設計が整った中でのクラブ経営という違いがあります。

日本におけるプロスポーツクラブの特徴としては、2つのポイントが挙げられます。一つは、スポーツが学校の部活動文化に立脚し、その延長線上にトップレベルの選手たちの存在があるということ。そして、トップクラブの多くが大企業の運動部にルーツを持ち、その影響が現在も色濃く残っていることです。

構造の違いこそあれ、企業であるプロスポーツクラブにはビジネスの要素が求められます。ある記事の中で、「経営を考える上で、強化と経営を担う部署が同じゴールを目指すことが大事である」という利重さんの言葉を拝見しました。それはなぜでしょうか。

欧米では、経営側は新規参入などでオーナーが代わるケースがあり、強化側は長く業界に携わっている人材が多い。いわゆる責任企業を持つ日本のクラブにおいては、経営側は主に予算管理の目的で親会社から人事異動によって出向する人材が多く、オーナーは同じでもクラブのトップが定期的に代わります。

いずれにしても、経営側は常にフレッシュ、強化側はクラブが変われど、ベテランと呼ばれる人が多いという構造です。異なる価値観やバックグラウンドを持つ人材や組織が、同じビジョンや戦略を描きにくいのは当然ですが、クラブの根幹をなす2つの部署が同じ方向を向けるか否かが、プロスポーツクラブの経営においてはキーポイントになると考えています。

CFGに関わり始めて今年で10年目になりますが、強化と経営の連携が非常にうまくいくことで、オン・ザ・ピッチで結果を出し、オフ・サ・ピッチの改善につなげる、そして事業拡大で得た原資を再投資してクラブを拡大再生産するサイクルを目の当たりにしてきました。強化と経営の連携がクラブを成長させる最も大きな要素だと日々実感しています。

グループとして掲げた大きなビジョンから逆算して立てた戦略を年々昇華させ、当初のビジョンで描いた姿に近づけていく、とでも表現できるでしょうか。その中の一つとして、横浜FMとの歩みは大きなウエイトを占めています。

強化部はコストセンターと捉えられがちですが、強化部でもビジネスの考え方が大事である理由は何でしょうか

プロスポーツクラブは収益団体ですから、収益を生んで再投資することが基本です。特にスポーツの場合、ファンを中心とした多くのステークホルダーが過度の内部留保を良しとはしないため、選手はもちろん、クラブのハードやインフラに投資し、チームの成績を上げ、さらに収益を上げていくサイクルがより大切になってきます。

クラブの収入には、チケット収入とそれに付随する飲食などの収入(Match Day Revenue)、そしてスポンサーやグッズ販売によって得られる収入(Commercial Revenue)、さらには放映権収入(Media Revenue)の3つの柱があります。

しかし、これらの収入だけでは限界があり、他の柱を立てなければクラブ収入は大きくは増えません。新たな収入源を考える場合、まずは本業により近いビジネスから考えるべきであり、業界全体としてより大きなお金が動くようになっている選手の移籍等に関わる事業領域をターゲットに定めることは、極めて理にかなったものだと言えるでしょう。

CFGでも、選手の移籍金収入はクラブ経営における重要な収益源と位置付け、年々計画的に収益を伸ばしています。今後は日本のクラブにとっても軽視すべきでない分野となっていくでしょう。そして、この移籍金ビジネスは強化部門がより直接的に担う必要があるのです。

強化部が担うビジネスの具体例を紹介していただけますか。

プロサッカークラブにおいては、選手人件費を全収入の50~60%の安全水域内に収めなければ経営リスクが高まる、と一般的に考えられています。強化部はチーム強化のためにいくら費用を掛けても良いわけではなく、まずは選手人件費を細かくコントロールし、予算内で選手編成を行うことが一番の大きな役割となります。しかも、それは単年度の短期的な視点ではなく、中長期をにらんだ編成でなければなりません。

また、サッカーの場合はアカデミーと呼ばれる下部組織のマネジメントも重要です。アカデミーの選手たちは将来プロとして成長し、他のクラブに移籍する際には収益を生む可能性があるため、クラブの貴重な資産と見なすことができます。強化部には、選手育成のため、言い換えれば資産価値向上のために投資を行うことを、経営側に提言することも求められるようになりました。

近年、日本人選手のレベルアップが顕著になっており、欧州クラブにステップアップの場を求めるケースが益々増えてきています。Jクラブとしては、それまで手塩に掛けて育て、貴重な戦力となった選手を無償で手放すことは回避せねばなりません。移籍金とは、すなわち契約の違約金であるため、選手を手放さざるを得ない機会が生じた場合にはしかるべき移籍金を確保できるよう、事前に契約を結んでおく必要があります。

アカデミーを含めたクラブ全体の選手編成をデザインし、計画的にチーム力を維持・強化できるようにコントロールしながらも、一方で移籍金収入を得ることができるような年俸や契約期間、また違約金の設定などを事前に成約しておかなければなりません。選手が移籍の意向を示した段階で交渉を始めるのでは遅いのです。

ちなみに、移籍で考えるべきビジネスは完全移籍だけではなく、いわゆる期限付き移籍(選手の保有権を保持したまま、他クラブで一定期間プレーさせる)を組み合わせることも重要です。選手人件費の管理というP/L的な発想では、戦力外の選手人件費を移籍先クラブに負担してもらい、自クラブの費用を抑える手段として活用され、契約下にある選手を資産として見なすB/S的発想においては、まだ自チームではプレータイムを得られない若手の成長機会を他のクラブで確保し、資産価値を高めるための武者修行的な場を得る意味合いで期限付き移籍が仕組まれるようになってきています。

これらが強化部におけるビジネス、収益管理の一例になりますが、純粋に良い選手を獲得するというスカウト部門の長としての役割に加えて、強化部長やスポーツディレクター、ゼネラルマネージャーという役職においては、クラブ全体の選手編成と、それに伴う収益管理、そして今後は収益向上を図ることがより重要な役割として求められるようになっていくでしょう。

後編では、横浜FMでの体験談を含め、より具体的な内容に迫っていく――。

プロフィール

1988年に東京大学を卒業し、1994年にコロンビア経営大学院を修了。2000年代に楽天(株)にて東京ヴェルディメインスポンサー、ヴィッセル神戸事業譲受、FCバルセロナとの提携案件をリード。2014年より英プレミアリーグ、マンチェスター・シティをフラッグシップクラブとするシティ・フットボール・グループ日本法人代表に就任し、2016年には横浜F・マリノスで取締役とチーム統括部長を兼任。サッカーメディアfootballistaを発行する(株)ソル・メディア代表取締役社長、東京大学ア式蹴球部総監督を務める。Jリーグおよび欧州クラブのフロント事情や世界のスポーツビジネスシーンの最前線を知る稀有な存在として、スポーツビジネス業界の発展に向けて様々な活動を行っている。

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