前職の株式会社今治.夢スポーツ(FC今治)に入社した経緯を教えてください。
子どもたちの自己肯定感を育むことに貢献したいという思いから、長らく教育業界で働いていました。FC今治入社前は、学校での外国語授業のサポートを行うALT(Assistant Language Teacher)の採用、育成、派遣を主な事業とする企業に9年ほど勤め、最終的にはCEOとして会社経営を行っていました。30代前半でCEOという立場になり、お山の大将になってしまわないかという不安から、誰かの講演を聞きに行こうと考えました。
そこで思い浮かんだのが、岡田武史(株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役)さんでした。私は岡田さんが監督を務められたフランス・ワールドカップをきっかけに日本代表の試合を見始めましたし、「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という理念の下で目指すFC今治の世界が、私が外国語教育を通じて目指していた世界と似ていると感じたので、岡田さんの話を聞いてみたいと思ったのです。
当時ちょうど良いタイミングで岡田さんの講演はなかったのですが、FC今治が人材募集をしていることが分かりました。正直、転職は全く考えておらず、最終面接まで行けば岡田さんと話せると思って応募しました。しかし、FC今治の事業や岡田さんの考えを学び、岡田さんと直接話をする中で、私の思いと合致する部分がとても大きいと実感したので入社を決めました。
どういったお仕事を担当していたのでしょうか。
当時の募集要項にはスポンサーシップのミッションとして、一方的に支えてもらうのではなく、ビジネスパートナーとしての関係構築を目指すことが示されていました。私はスポンサーシップグループ長として2019年5月に入社し、10月からは同グループの執行役員兼任となりました。
また、入社時は「スポンサーシップ」グループだった部門名を2020年に「パートナーシップ」グループに変更し、社内におけるスポンサーの呼称もパートナーへと変更しました。スポンサーという言葉からは、支える・支えられるという関係性が連想されますが、パートナーという言葉を用いることで、相互に価値を提供しあえる関係性であることを社内外に意識させることが狙いでした。
また、私自身の関心と経験から、環境教育プログラムを展開する「しまなみアースランド」の執行役員も兼任していました。その結果として、パートナー企業とのアクティベーションで教育事業と連携するなど、選択肢の幅を持つことができました。
スポーツ業界に入って特異性を感じるところはありましたか。
ファン、サポーター、パートナー企業などがクラブを応援してくれていることは、スポーツならではのユニークな点だと思います。特におらが町のチーム、選手を応援しようという意識によって地域とクラブが強く結び付いていることは、あまり地元に愛着がない私にとっては非常に新鮮でした。パートナーシップの観点でも、地域のクラブとして応援しているからお金を出すという点は、スポーツならではだと思います。
また、チームの勝敗や順位という要素が経営を大きく左右するということも特徴的だと思います。チーム成績によって来場者数が増減しますし、一試合の勝敗でパートナーシップの契約件数が増減するほど単純ではありませんが、直近の勝敗によって先方の反応が異なるのは事実です。パートナー企業の方と一緒に喜んだり、悔しがったり、時には怒られることもあり、ピッチでプレーするのは選手ですが、自分もクラブの一員であることを強く感じました。
「何かを売る」という点でのスポーツの特異性を、もう少し具体的に教えてください。
やはり勝敗というものの存在だと思います。勝敗が全てではないですが、上位チームの方がチケットは売れやすく、パートナー企業も増えやすいでしょうし、その逆もしかりでしょう。とは言え、ピッチ上の出来事は私たちにはコントロールできません。自分たちでコントロールできない要素が商品の売れ行きに密接にかかわる点は、スポーツならではの特異性です。だからこそ、特にパートナーシップにおいては試合結果以外の価値を生み出すことで、勝敗による影響を小さくして経営の安定化を図る必要性を感じました。
一般的に商品を販売する場合、性能や効果が具体的に説明でき、なおかつその効果や性能が安定的だと顧客に勧めやすいものです。しかし、スポーツクラブでは勝敗によって来場者数が増減するなど、同じようにはいかない難しさがあります。ですから、広告露出効果以外にスポーツクラブが提供できる価値を確立していくことが必要だと感じました。
クラブごとに特色があり、サッカーの価値を突き詰めたり地域貢献にフォーカスしたりしていますが、FC今治は「サッカー」「地域」「教育」という3つの軸で活動していたので、サッカーに特化したものだけでなく、幅広い活動の中からパートナーシップに生かすことを考えました。
スポンサーではなくパートナーシップに言葉を変えたというお話もありましたが、パートナーシップに関する基本的な考え方を教えてください。
大前提として、ビジネスである、ということです。もちろん、ビジネス的な損得なしに応援していただける企業の存在は非常に有り難く、その思いを否定する気は全くありません。しかし、パートナーシップをビジネスとして捉えた場合は、どちらかが一方的に支える関係ではなく、互いが提供できるものを等価交換する関係であるべきだと思います。一方がお金を払い、もう一方が対価として商品やサービスを提供する。これは当たり前の経済活動ですよね。あるいは協業して新たな価値を生み出し、利益を分け合う形もビジネスでは普通です。つまり、応援の気持ちに甘え切ってしまうのではなく、スポーツクラブのパートナーシップにおいて、当たり前のビジネスを行うということに尽きると思います。
パートナーシップを締結するために、クラブから提供するアクティベーションの方法(対価)については、どのように考えていましたか。
パートナー企業との契約内容としては、お金をいただいて広告や看板を掲出する、クラブのプロパティを提供するなど、クラブから何らかの権利を提供することが一般的です。例えば、B to Cビジネスを展開する企業の顧客ターゲット層がホームゲームの来場者層に重なるような場合は、スタジアム看板の掲出やクラブプロパティの活用が効果的です。いわゆる広告露出効果とパートナー料の等価交換が行われ、健全なビジネスとして成立すると思いますし、より効果的な露出を図ること自体がアクティベーションとして機能します。
一方で、全国的にB to Bビジネスを行う企業の場合は、スタジアムでの広告露出が直接的に顧客獲得につながるわけではありません。のどが渇いていない人に水を提供しても意味がないわけですよね。アクティベーションを立案するときには、相手が必要としているものに対して自分たちが提供できるものをマッチさせる、またはマッチするものを作るということを意識していました。
上記の例で言えば、企業の新卒採用に寄与できるかもしれません。同業他社と比べて人材育成に力を入れている企業に対して、クラブの教育事業と絡めたアクティベーションや、人材育成のシンボルとしてのアカデミー(下部組織)を中心とした広告露出を提案することで、より良い人材の獲得という間接的な価値を創出することが可能になるわけです。
相手の目的を明確にすることに、エネルギーと時間を割くことが大切ですね。
そうですね。まずは、その企業がどのような事業を行っているかを理解すること。次に、理念やパーパスなど何を大切にしているかを理解すること。そして、その企業が人材育成やSDGsなど収益に直接的に関わらない部分で何に注力しているか、あるいは課題を持っているかを理解すること。最後に、その企業がどのような理由でパートナーになってくれたかを理解すること。大きくこの4つの要素を基に、クラブの事業やアセットを活用して何を行えば価値を提供できたり、一緒に価値を創出できたりするかを常に考えていました。
私は、決まっているものをどうやって売るかが営業職の仕事で、相手のニーズを理解し、アクティベーションの立案と実施によって価値を提供することがパートナーシップだと考えています。言うなれば、家族にどんなものが食べたいかを聞いて、冷蔵庫の中にある食材で料理を作る感覚です。言葉としては営業職というより、サービスの開発職やコンサルティング職の方が近いと感じています。
※後編(1/23掲載)は、こちら へ!
後編では、より具体的な事例に触れていく――。