スポーツ界へのご転身のことなど、現在のお仕事に就かれた経緯をお聞かせください。
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)の行員だった1995年に一度、Jリーグに出向しました。銀行での仕事にもやりがいは感じていましたが、自分の仕事が試合というコンテンツに反映され、ものすごい数の方々の感動に携われる仕事はスポーツ以外にないと肌で感じました。
2年強の出向期間を終え、後ろ髪を引かれる思いで銀行に戻った後、Jクラブの財務基盤強化の必要性が生じた際に白羽の矢が立ち、銀行を退職してJリーグに籍を移したのが2010年11月1日です。Jリーグでは主にクラブライセンス制度の整備やJ3リーグの創設等に携わりました。
その後、どのような経緯でバスケットボールに関わられたのでしょうか。
日本バスケットボール協会(JBA)の改革のため、2015年1月に川淵三郎さんが国際バスケットボール連盟(FIBA)タスクフォース「JAPAN 2024 TASKFORCE」のチェアマンに就任された際、リーグの規約やクラブライセンスなど、ガバナンス整備を手伝ってほしいとお声掛けいただきました。
当初はJBAの専務理事・事務総長、Jリーグ理事を兼務していました。しかし、約半年後に迫った開幕に向けて、Bリーグの整備が間に合わないと川淵さんに伝えたところ、川淵さんがJリーグ側と調整され、2015年5月に私が完全にバスケットボール界に籍を移して、Bリーグのチェアマンに就任したのが2015年9月のことです。
実は私、中学校と高校ではバスケットボール部に所属していて、全国大会に出場した中学三年生の頃が人生で一番楽しい時期だったと思っているのです。そういったバックグラウンドもあり、バスケットボール界にご縁をいただくことになりました。
JBAやBリーグでは、どのようなお仕事をされたのでしょうか。
私の主なミッションは、「協会のガバナンスの立て直し」「代表の強化」「男子トップリーグの発足」の3つでした。特に新リーグ発足は骨の折れる仕事でしたが、2016年に何とか開幕を迎えることができました。開幕当時のJリーグほどではなかったものの、Bリーグも開幕から4年程度の間で、事業規模や集客数、選手年俸が2.5倍から3倍くらいに成長しました。
また、開幕から10年を迎える2026年を見据え、リーグのあるべき姿を示さなければいけないと考えていました。リーグとして継続的に非連続の成長を遂げていくためには、経営の軸を示すことが必要だからです。そこで、ソフトであるクラブとハードであるアリーナの一体経営、デジタル化のさらなる推進、メディアカンパニー化、アジア戦略などを打ち立てました。
しかし、健全な組織運営を維持するためには、私自身が2026年までBリーグのトップに留まるわけにはいきませんから、2020年に後任に引き継いで、びわこ成蹊スポーツ大学に転職しました。まさにこの6月末で同大学学長を退任し、新たに発足するSVリーグのトップに就任予定でして、7月1日の臨時社員総会と9月の社員総会を経て正式決定となります。
各リーグにおいて、大河さんが最初に着手されたことは何でしょうか。
誰が、どういった権限と責任で、どうやって物事を決めていくのかを整理することから始めました。Jリーグにおいては、社団法人から公益社団法人に移行した2012年4月1日に定款や規約を見直すなど、広義でのガバナンス強化や財務戦略の立案と実行に着手しました。
米国のようなクローズド型のリーグの場合、例えばMLS(メジャーリーグサッカー)がNHL(ナショナルホッケーリーグ)の規模を指標に掲げるなど、他のスポーツリーグやエンターテインメントを成長目標に定めることができるかもしれません。
しかし昇降格を採用するリーグでは、所属クラブの目標が直近の試合での勝利になりがちです。2010年当時のJリーグでは、選手に多額の投資をした結果、資金破綻に直面するクラブが出てきていましたから、クラブライセンス制度の整備とともに、クラブの経営基盤の強化が重要な任務の一つでした。
異なる競技のリーグにおいて、共通の課題はあるのでしょうか。
以前に比べれば改善されてきましたが、スポーツの仕事の労働環境が良くないということです。休暇が取得しにくい上に労働時間が不規則で、退職金の規定もないケースが多く見受けられます。Jリーグにいた当時、「若いうちはサッカーが好きという思いで頑張っているけれど、将来的には家族を養っていくために今の仕事は辞めなければいけない」というクラブスタッフの話を聞き、それではいかんと思いました。
スポーツは素晴らしいコンテンツなのですから、選手は当然のこと、指導者、審判、クラブスタッフなど、スポーツに関わる人たちが幸せにならなければいけません。それを実現するために、一丁目一番地であるクラブのガバナンス強化や経営基盤の確立に取り組んできました。スポーツ界にはマーケティングや広報に関心のある方は多いですが、私が担当してきた分野を担える人材は限られていると思います。
例えば、自動車産業や飲食産業などと同様にスポーツ産業があるわけですが、商品としてのスポーツという観点で他の産業と異なる点、つまりスポーツの特異性は何でしょうか。
何より、取り扱う商品の魅力が圧倒的に大きい点です。今年1月の能登半島地震でもそうですが、震災復興にスポーツが活用される様子などを通じてスポーツの持つ力を再認識する一方で、それを効果的に活用し切れていないのではないかと感じています。我々はBtoCやBtoBのビジネスをしていますから、ファン・サポーターやパートナー企業を強く意識する必要があると思います。
昔はリーグのスポンサー営業を広告代理店に委託し、「看板の露出が何分何秒だから、いくら」と、露出機会を権利として販売していました。しかし、スポンサーからパートナーへの移行が謳われているように、近年は大きな転換点を迎えています。売り手側の我々としては、各パートナーにどのようなニーズがあり、どのようなアクティベーションが求められているのかを、根拠を持って提案する必要があるのです。
リーグ経営とクラブ経営の違いは何でしょうか。
クラブでは、試合に勝ったり良い選手を獲得したりした際に強い共感が生まれ、ファン・サポーターから称賛されることがあります。一方で、クラブを統括する立場のリーグが高く評価されることは滅多にありませんから、打たれ強く、忍耐強くなければ、リーグのスタッフは務まりません。
Jリーグのクラブライセンスにおける施設基準を例に挙げると、屋根付きのサッカー専用スタジアムでなければいけないなど細かな規程がありますが、本音を言えばクラブにとっては迷惑な面もあるわけです。その基準を満たすために、行政と交渉するのは誰なのかと。
しかし、クラブにとって都合の良いことを優先してしまうと、クラブの成長、ひいてはリーグ全体の成長を妨げてしまうことになり兼ねません。リーグは目指す方向性やビジョンを明確に示し、忍耐強くクラブを導いていく。このようなダイナミックな仕事はリーグにしかできません。その反面、かじ取りを間違えるとリーグが崩壊してしまうリスクを抱えていると思います。
リーグの立ち上げや変革を行う際、どのような人材が求められるのでしょうか。
一言で言うと、チャレンジ精神が豊かで、他責にしない人です。何か物事がうまくいかないとき、多くの人は環境や他人のせいにしがちですが、それでは物事を前に進めていくことができません。失敗してナンボ、なんですよね。特に立ち上げ時には、どのような人材が集まってくるかが非常に重要です。成長のポテンシャルがある分野でチャレンジするには、とにかく前向きな人材が必要で、学生時代の偏差値の高さとは無関係だと思います。
※後編(6/18掲載)は、こちら へ!