• リーグ経営

2024.06.18

明確なビジョンと忍耐力【後編】

大河 正明

一般社団法人ジャパンバレーボールリーグ 業務執行理事

特に立ち上げ時において、リーグにはクラブを牽引する役割が求められるという。

様々な立場の人々をまとめ、導いていくためには、どのようなことが必要なのか。

バレーボール界だけでなく、スポーツ界の将来を見据えての言葉は必読の内容だろう。

Vリーグはプロクラブと実業団が混在していますが、プロクラブだけが所属する場合と比較して、メリットやデメリットは何でしょうか。

私の本音としては、男子はすぐにでもプロ化した方が良いと考えていますが、日本のバレーボールにはプロ化を目指して失敗してきた歴史があります。その背景として、バレーボール日本代表は世界的に見ても実力がありますし、多くのクラブの責任企業は大企業ですから、すぐに解決すべき大きな課題があるわけではない、という現状があります。

しかし、お客さんはチケット代を払って試合を見に来てくださっています。つまり、映画やテーマパーク、他のスポーツ観戦と比べてバレーボール観戦が楽しいと感じていただけるように試合で付加価値を提供することが必要で、これはプロクラブか否かは無関係です。将来的に目指す姿をリーグが示し、所属クラブ間で価値観を共有することで、各ホームゲームの価値は高まっていくでしょうし、そのためにはホームアリーナやホームタウンの概念を取り入れ、運営法人を設立した方が良いだろうと考えています。

世界的には、どのような状況なのでしょうか。

日本ではイタリア・セリエAが世界最高峰だと言われていますが、実はクラブの事業規模はそれほど大きくありません。今年、我々が立ち上げるSVリーグにおいて、一試合あたりの平均観客数が4,000人程になり、クラブの事業規模が年間10〜15億円程になれば、SVリーグが世界最高峰のリーグになり得ます。

そうなれば、世界中から良い選手たちが集まり、資金や人材も集まってくるようになるでしょう。SVリーグを立ち上げるにあたり、2030年までにこれを実現したいと、クラブの皆さんにお伝えしました。

先程もお話ししたとおり、クラブと向き合って運営法人設立のメリットを示すこともリーグの重要な仕事の一つです。近年は豊田合成やパナソニックのように運営法人を設立したクラブが出始め、段々と事業化の流れが加速してきました。他の成功事例を見れば、運営法人設立に踏み切るクラブも増えてくるのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、リーグとして経営の軸を明確にすることが大事で、クラブやファンの方々など周囲の納得や理解を得ることによって、そのリーグの価値は高まっていくものだと考えています。日本はFIVBランキングにおいて男子が4位、女子が8位(2024年5月21日時点)ですし、世界の競技人口が約5億人、日本では「ママさんバレー」の競技人口が約30万人と言われるなど、バレーボールは裾野が広いスポーツです。日本バレーボールのプロ化が成功しやすいことは間違いありません。

ここまでのお話を伺う限り、リーグの役割はクラブを牽引することだという印象を受けました。村井満さんは、リーグの役割はクラブを補完することだと表現されましたが、これはリーグが何のために存在するかにつながる話だと思います。

それは時期の違いですね。Jリーグも立ち上げ時は川淵さんが剛腕を発揮されましたし、やはり最初の5、6年はリーグがクラブを牽引していたと思います。例えば、通常ですとリーグ全体の集客数が年率3%伸びれば悪くない数字ですが、立ち上げ当初は年間10%や20%ずつ成長させていかなければならず、それはリーグが牽引しなければ実現できません。

その後、徐々に自走できるクラブが出てくると、リーグの役割は変化していきます。村井さんがチェアマンに就任された2014年、Jリーグは開幕から20年以上が経過していましたから、立ち上げ時とはリーグに求められる役割が異なるわけですよね。リーグを継続的に、そして非連続に成長させていくためには、放送配信権の販売やリーグのタイトルパートナー獲得などによって、リーグ全体のビジネスを大きく展開していく必要があります。

リーグの中で突出したクラブは必要だと思われますか。

世界選手権で常時優勝争いをするクラブの存在は大切で、現状男子ではパナソニック、サントリー、ウルフドックスなど、リーグを牽引していくようなクラブがアジアチャンピオンになり、世界選手権で強豪と互角に渡り合うことを目指しています。やはり天井は高くしていきたいですよね。日本のクラブの実力を見ることで、日本でプレーしたいと思う外国籍選手は増えていくでしょう。

突出したクラブという観点は戦力均衡の話につながりますが、日本バレーボールのリーグの在り方をどうしていくべきなのか、次のフェーズに進むにあたり、この数年以内に将来構想を決断しなければならないと考えています。つまり、米国のようなクローズド型にすべきか、欧州のサッカーリーグのような昇降格制にすべきか、という判断です。

MLSは以前、リーグ全体の成長のためにデビッド・ベッカム選手を戦略的に獲得しましたよね。クローズド型のリーグでは、他クラブは試合の対戦相手である一方、共存共栄して一緒に成長を目指すパートナーでもあります。対して、昇降格があることでスリリングな試合が増え、クラブ同士が切磋琢磨することのメリットもありますから、様々な側面を検討して決断する必要があると思います。

リーグをクローズド型にする背景として、不確実性を可能な限り減らすことで、多くの投資を呼び込む狙いがあります。

Jリーグは外資規制を撤廃しましたし、今後は海外からの投資も呼び込むべきだと思います。J1クラブの年間運営費が50億円程度であるのに対し、B1クラブは10数億円程度ですから、もしかしたらBリーグの方が投資を集めやすいかもしれませんね。アリーナは施設の稼働率を高くしやすいですし、ソフトとハードの一体経営が実現できれば、バスケットやバレーボールには大きなポテンシャルがあると思います。

ここまで多くのリーグに携わられてきた中で、ずばりリーグ経営とは何でしょうか。

リーグ経営とは、目指すべき姿や方向性、ビジョンを定めて周囲を先導していくことで、それをするためにリーグが存在していると思います。

それと同時に、忍耐とストレスの仕事であると言えます。例えば、各クラブの代表者が集まる実行委員会は、様々な立場の方々が意見を主張し合う場で、様々な考えがある中で落としどころを見つけ、実際に物事を進めていく仕事は非常に困難です。そこが議長の腕の見せどころでもあるのですが、複数のリーグでそれぞれの難しさを経験してきました。

ただし共通して言えるのは、物事をスムーズに進めるために大事なことは、会議の場以外でもコミュニケーションを取ることです。試合に行ったり、試合以外で話す時間を作ったり、飲みニケーションなども通じてクラブの方々と信頼関係を築くことが重要です。

できるだけ早いうちに味方を増やし、ここぞのときは事前に意図を伝えておくことで、「大河さんが言うなら―」と思ってもらえたらスムーズに進みます。信頼関係はメールのやり取りだけでは築けませんから、良い面も悪い面も含めて自分自身の人間性を理解してもらうことが大事だと思います。

最後に、今後のスポーツビジネスをどのようにとらえていらっしゃいますか。

我々はスポーツという価値のあるコンテンツを持っており、本来ならコンテンツホルダーは強い立場であるはずです。しかし、お金になる分野を周辺の人たちに握られてしまっているように感じます。スポーツ庁は日本のスポーツ産業を15兆円に成長させると掲げていますが、コンテンツホルダーはそのうちの1.1兆円。こうなっている理由は、優秀な人材を育ててこなかったからです。

スポーツ界では選手育成は熱心に取り組んでいる一方、ビジネスサイドのスタッフ育成にはそれほど力を入れてきていません。例えば、競技の垣根を越えてスポーツ界として100人の新卒採用を行い、若い人材を育成していくことなどが必要でしょう。日本のスポーツが「産業」と呼ばれるためには、競技やクラブごとの蛸壺化をなくすことが不可欠です。

あくまで一例ですが、リーグとして映像制作・配信する会社を設立したり、複数リーグ合同でチケット販売会社を設立したりと、発想の転換が必要ではないでしょうか。既存の枠組みの中で4大収入(スポンサー収入、チケット収入、放映権料、グッズ等の収入)の伸ばし方を考えているだけでは劇的な成長は望めません。我々は産業をつくっているわけですから、前向きにチャレンジしていくべきだと思います。

※前編(6/4掲載)は、こちら へ!

プロフィール

1958年生まれ、京都府出身。京都大学卒業後に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。1995年に日本プロサッカーリーグに出向後、複数支店で支店長を務めたのち、2010年に日本プロサッカーリーグに入社し、管理統括本部長、クラブライセンスマネージャー、常務理事などを歴任。2015年から日本バスケットボール協会の専務理事兼事務総長、ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグチェアマンを務める。2020年以降は、びわこ成蹊スポーツ大学学長やジャパンバレーボールリーグ(JVL)業務執行理事を歴任し、スポーツ界で幅広く活躍している。

Recommend

keyword

Back to Index