• リーグ経営

2024.07.16

世界観を創出して周囲を導く【後編】

葦原 一正

株式会社 ZERO-ONE 代表取締役

リーグ経営を考える上では、企業やチームが明確なポリシーを持つことが重要であるという。

話題は今後求められる人材や自社でのチャレンジ等まで広がったが、葦原氏の根底にあるものは、スポーツ業界の発展のためには何が必要なのかという視点だった。

リーグ経営をする上で、クローズド型(昇降格なし)とオープン型(昇降格あり)の二つが存在しますが、どのような適性があると思われますか。

フェーズにもよりますが、特に経営基盤が構築できていない場合はクローズド型の方が望ましいと思います。

なぜなら、残留争いに巻き込まれたチームは資金の大半を選手強化に回してしまい、事業側やフロント人材に投資できなくなってしまうからです。チームにとって極めて大きなウエイトを占める昇降格がない方が、多くの人にとって幸せな状況を作りやすいですし、2026年から始まるBリーグ構想の議論はそこが起点になっています。

正確には「昇格はあるが、降格はなし」が良いでしょう。イメージとしては、米国のMLS(メジャーリーグサッカー)のように最初は限られたチーム数でリーグのバリューを高め、一定の基準に達したチームがリーグに参入できる形です。降格リスクがあると残留するために費用や労力を使い過ぎてしまいますし、NPBとJリーグやBリーグで世界観が大きく異なるのは降格の有無による影響です。

リーグ内にプロチームと実業団が混在すると、リーグ運営は難しくなるのでしょうか。

難度は高くなりますよね。ただ私は、実業団は良い仕組みだと思っていて、海外の選手たちからも評価の声が聞こえてきます。しかし、プロチームと実業団を混在させてはダメで、別々のリーグとして活動することが重要だと考えています。これは決して、どちらが良い悪いという話ではありません。

例えばある売上1兆円クラスの大企業は、従業員の一体感を醸成することを目的に運営費数億円でスポーツチームを運営しています。企業にとって従業員の一体感醸成は重要な経営テーマで、この投資はある意味合理的な考え方だと思います。要は、企業やチームがどういうポリシーを持つかが最も重要なのです。

そのポリシーは、どのように形成されるべきだと思われますか。

スポーツ界に限った話ではなく、教育や歴史に関わる根源的な日本の課題だと思っています。リスクを取ったり敵を作ったりすることを避ける傾向が強くなってきていると感じていて、これが日本社会に広がっていることを個人的に危惧しています。

私自身は、人生は常に「逆張り」であるべきだと考えていて、コンサルティング業界からスポーツ界に飛び込むなど、結果的にリスクが高い選択をしてきました。私たち40代もまだまだ頑張れる年代ですし、若い人たちには積極的にチャレンジして無難に収まってほしくないと思っています。

近年はスポーツビジネスに関する情報が増えてきたことで知識がコモディティ化し、チケット販売やスポンサーセールス等の施策において、誰かのマネが増えているように見受けられますが、それでは日本のスポーツ界が成長していきません。なぜなら、スタートアップのような業界ですから、ここでチャレンジしなかったら先がないのです。

決して昔が良くて今がダメだという議論ではなく、自戒を込めて強調したいポイントは、スマートになりすぎてはいけない、情報があふれている中で知識だけで戦おうとしてはいけないということです。今後は事業構想力が求められると思いますし、新たな発想で新たなものを作り上げようとする人材を増やしていかなければいけないと思います。

人材の観点で付け加えると、私はチームのフロントスタッフの待遇を改善しない限り、日本スポーツ界に未来はないと考えています。少し乱暴な表現をすると、年俸1,000万円で選手ではなく優秀なビジネスマンを獲得した方が、チームの収入は長期的に伸びていくと思うからです。

リーグの制度設計次第でそのスポーツが良く悪くもなるという考えから、リーグに人材や知見を集めることが大切だということですね。

今後は力をつけて影響力を持つチームが増えていくと思いますが、やはり一つのチームだけでは限界があります。リーグがある程度の前提条件を整えないと、2倍、3倍、10倍という大きな成長は達成できません。それは、リーグに権利を集約することでレバレッジを効かせることが可能になり、価値を最大化できるからです。

米国のスポーツリーグにおいては、一言でクローズド型と言ってもリーグとチームの関係性は競技により異なりますし、それぞれが独自の形で運営されています。ですから、リーグに権利を集約した次のステップとして、NFL(ナショナルフットボールリーグ)型が良いのかMLS型が良いのか、それともまた違う形が良いのかなどという議論が必要だと思います。

現在はどのようなお仕事をされているのですか。

2020年にZERO-ONEという会社を設立し、コンサルティング業務を中心に活動しています。スポーツ関連ももちろん多いですが、スポーツ以外の分野のお仕事もさせていただいていて、スポーツ業界のナレッジを他の業界に転用することにチャレンジしています。

具体的には、エンタメ業界の仕事でスポーツの知見を活用しています。スポーツ業界の「試合に勝てば観客が増える」という発想と同じで、エンタメ業界では「良いコンテンツを作れば、いつかは黒字になる」と考えている方がいますが、そう簡単にはいきません。本質的に両者は同じ課題ですから、データドリブンの観点やガバナンスの整理など、スポーツ業界の知見が活用できるわけです。

スポーツ業界が他から学ぶことも多い反面、スポーツ業界のナレッジが他に転用できるとしたら、スポーツ業界の見方や評価が変わりますし、スポーツ業界が次のステージに進んでいくきっかけの一つになるのではないかと考えています。鹿島アントラーズの小泉(文明)さんも、一般のビジネスよりスポーツビジネスの方が難しいとおっしゃっていますが、私もスポーツビジネスはステークホルダーが多い難易度の高い仕事だと捉えています。

我々のようにスポーツビジネスに関わっている人々は、スポーツを通じて社会を変えられるとか、誰かのビジネスの発展に貢献できるとか、より大きな視点で考えることが必要なのかもしれませんね。

そのとおりだと思います。ぜひ、大きい文字にして強調してください(笑)。勝敗や小さな満足度で終わってしまってはいけないと思います。また、私自身にも言えることなのですが、スポーツビジネスに取り組む上では胆力が大事だと強く感じています。特にリーグ経営においては、複雑に絡まった糸をどうやって解いていくかという仕事だからです。

「これをやるべき」や「こうしたらいい」とアイデアを持っている人はたくさんいますが、実は現場の人たちもそれを既に認識しているケースが多々あります。しかし、複雑な制約があったり、多様なステークホルダーがいたりする中で、絡まった糸を解いて実現させることが非常に難しいのです。何が課題で、なぜうまくいっていないのかを自分なりに分析し、それを一つひとつ解いていく能力が求められると思います。

最後に、ずばりリーグ経営とは何でしょうか。

一言で言うと、ルールメーキングです。しかし、それは結局ビジョンがないと成立しない仕事です。自身の中に作り出したい何かを持っていて、それを実現するためにルールメーキングをし、周囲やチームを導いていく能力が必要です。リーグは世界観を創出する役割を担っていますから、突飛なアイデアを含めて、競技団体ごとにもっと様々なビジョンがあって良いと思っています。

※前編(7/2掲載)は、こちら へ!

プロフィール

1977年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院卒業後にアーサー・D・リトル(ジャパン)に入社。2007年にオリックス・バファローズ(オリックス野球クラブ)、2012年に横浜DeNAベイスターズに参画。2015年に公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグに入社して初代事務局長としてBリーグを立ち上げ、2021年には一般社団法人日本ハンドボールリーグの初代代表理事を務めた。現在は自身が設立した株式会社ZERO-ONEにて、スポーツビジネスを中心としたコンサルティングサービスを展開する。

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