• 社会的価値

2024.08.20

社会的インパクトをスポーツ業界のスタンダードに【後編】

今井 由貴子

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー

デロイト トーマツ コンサルティングが取り組むSROI分析には、どのような可能性が広がっているのか。

総合コンサルティングファームだからこその視点とロジックで日本のスポーツ業界のスタンダードを作り、持続可能な循環モデルの構築を目指していく。

ここまで社会的インパクト測定の経緯や測定方法についてお伺いしましたが、算出には具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。

まずは活動の関与者側のメリットとして、ロジックモデルを作成する過程で良い気付きがあると言ってくださる方が多数いらっしゃいます。ロジックモデルは関与者と一緒にワークショップ形式で作っていくことが多いのですが、その過程で施策内容を細かく洗出し、短期~中長期のアウトカムを整理するため、今の自分たちの活動が将来のビジョンにどうつながっているのか見えてくるのです。

ついつい普段の業務に追われていると手段と目的が混在してしまうケースがあると思うのですが、ビジョンへのつながりを意識するとやりがいにもつながりますし、業務の目的感が見えて効率的に働けるようになるのではないでしょうか。経営層側の目線としてもあらためて注力すべき活動が見えてきますし、戦略の見直しにもつながるかもしれないですね。

確かにPacific Rim Cupのロジックモデルを作成したときも、短期だけではなく中長期的なアウトカムへの連続性が見えてきた気がしました。

そう言っていただけて何よりです。また、私たちが大切にしていることとしてはPacific Rim Cupのようにイベントごとや、毎年1回など継続して分析をしていくことです。継続することで、アウトカムの広がりも感じることができますし、中長期的に社会に与えるインパクトを明確にすることができます。長期目標に向かって活動を続けていく意義が明確になると、仕事に力も入りますよね。

また、二つ目のメリットは、パートナー企業等のステークホルダーに自分たちの活動の社会的なインパクトを具体的な指標として伝えることができる点だと思います。

SROI分析によって、企業が参入する理由を論理的に説明できるわけですね。

はい、そのとおりです。例えばスポーツ観戦では、ファンやサポーターが試合を観戦して感動したり、応援を通じて人と人とのつながりが生まれコミュニティが形成されたり、さらには生きていく上での楽しみといった生きがいになるなど、スタジアムの外にも価値が広がっていきます。

他にもプロや外国籍の方が子どもたちにサッカー教室を開催したときも、「参加した子どもたちが喜んでくれた」という感覚的なものではなく、「プロのスポーツを見てスポーツを継続する子どもが増えた」や「外国籍選手と触れ合ってその国に興味が沸いて留学を考えるようになった」など、その活動から生まれる価値を企業と共通認識化することができれば、スポーツが個々の人生にとって有意義なものであり、企業がチームのパートナーとして参画する意義がより明確になるのではないかと思うのです。

さらに、これはまだ想定なのですが、SROI分析によって生まれた社会的インパクトに対して、二酸化炭素の排出権取引制度のように売買できるようなビジネスモデルを作れないかと考えています。

具体的にどのようなビジネスモデルをお考えですか。

スポーツチームは地域に根差して自らの価値を高める施策として、スポーツ以外の地域貢献活動にも力を入れているケースが多いのです。ただその活動に対して金銭的な利益を受け取れるケースは少なく、また受益者側も無償でやってもらうことが当たり前になっている側面もあります。それらの効果を可視化して、企業のEGS投資を呼び込むサステナビリティ経営に寄与できるのではないかと思っています。彼らの社会貢献活動に対して、お金が循環する仕組みを加えることができれば、社会にとってより良い活動が継続し、どんどん拡大していく好循環が生まれると思っています。

 

公益社団法人日本プロサッカーリーグも「シャレン!」等、2023年は年間活動総数で30,614回(参照:Jリーグ公式サイト)ものホームタウン活動を実施していますから、その価値を可視化できると大きなインパクトになりますね。スタジアム看板の金額は広告露出価値が根拠の一つになっています。地域貢献活動における社会的インパクトの算出は、スポーツの新たな価値を浸透させていくことになり得ますね。

まさに、広告と同じ仕組みができると面白いですよね。社会的インパクトの可視化が業界に定着し、「良いことをしたな」と感覚的に捉えてきた取り組みに対してお金が生まれるようになれば、その価値は加速度的に大きくなり、活動自体も広がっていくでしょう。

チーム、選手、地域貢献活動など、スポーツ界にはまだまだ可視化し切れていない価値があり、今後の伸びしろだと感じています。諸外国のスポーツ業界の特徴の一つとして、様々な事柄に対してビジネスとしてのロジックがあることが挙げられます。

SROI分析もビジネスロジックを担う一端であり、多くの無形資産を持つスポーツが拡大していく契機になると思います。感覚的ではなく論理的に説明できると、正当な対価を求められるようになりますし、その結果としてサービスが向上し、サービスを提供する各社間で差別化が生まれ、業界が成長していきます。当社としては経済価値や財務価値に加えて社会的価値を見える化し、スポーツ市場の拡大に貢献したいと考えています。

よりスポーツ業界に浸透させていきたい考え方ですね。

そうですね。日本のスポーツ業界のスタンダードを作り、当然の取り組みとして認知されるように広げていくことで、スポーツ市場はもっと拡大していくでしょうし、それに伴って社会が豊かになるのではないでしょうか。SROI分析自体は当社オリジナルの考え方ではないですが、当社のような総合コンサルティングファームが携わる強みは、SROI分析によって社会的インパクトを可視化し、経済的価値とも併せて複数の企業を交えてビジネスの座組を作り、持続可能な循環モデルを構築できることだと思います。

スポーツ業界の成長を促す一つのきっかけになり得ますね。コンサルティングファームにはどのような役割が求められると思われますか。

コンサルティング業に携わる者としては日本や世界、ひいては世の中が良くなっていくことに貢献できるチャンスを与えていただいていると考えています。様々な企業と一緒に素晴らしい価値を持った活動がサステナブルに広がっていくような、そして子どもたちの世代に残る社会の仕組みを構築していきたいと思います。

また、スポーツ業界を拡大させていくという視点でとらえると、コンサルティングファーム同士で競い合う必要はないのかもしれません。競合他社を含めて同様の方向性を示すことで業界スタンダードが生まれ、スポーツ業界の成長がスピードアップしていくだろうと考えています。

スポーツ業界に携わっている方々には、スポーツが好きという強い気持ちを持っている方が非常に多いと思います。私たちのような企業も一緒になってエモーションの中にロジックを組み込むことで、スポーツ業界が拡大し、社会が豊かになるためのきっかけの一つがつくれるのではないかと考えると、非常にワクワクしますよね。

 

※前編(8/6掲載)は、こちら へ!

プロフィール

国内大手IT・通信会社にて、CX を軸に新規事業を立ち上げた経験を持つ。複数企業とコラボレーションをしたスポーツ×まちの活性化の社会実証実験を経てサービスローンチをしたことで、社会的インパクトへの関心が高まる。その後、2020年5月にデロイト トーマツ コンサルティングに入社し、主に自治体・民間企業・スポーツにおけるCXにフォーカスした新たな価値創出のコンサルティングに従事。早稲田大学招聘講師、人間中心設計スペシャリスト。

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