• 社会的価値

2024.09.03

重要な3本柱のバランス【前編】

竹内 美奈子

株式会社TM Future 代表取締役

「スポーツの社会的価値」をテーマとする第2回は、「人」と「組織」のスペシャリストである竹内美奈子氏に話を伺った。

2015年のジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事就任を契機に、多くのスポーツ団体や組織に携わる中でどのような経験をされてきたのか。

前編は竹内氏の経歴を振り返りながら、車いすバスケットボール連盟の話題を中心に深掘りしていく。

まずは、ご経歴をお聞かせください。

私は新卒でNEC(日本電気株式会社)に入社し、SEとして働いた時期もありますが、主に人材開発の仕事をしてきました。NECに20年務めた後、スタントンチェイスインターナショナル株式会社という人材紹介を主な事業とする会社に勤務しました。そして2013年に株式会社TM Futureを設立して独立し、人材開発や組織改革に取り組んでいます。

スポーツとの最初の関わりは、初代理事会メンバーとしてBリーグ(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)の理事になった2015年です。当時、JBA(日本バスケットボール協会)はFIBA(国際バスケットボール連盟)から制裁措置を受けており、解消のためには「2リーグの統合」「協会のガバナンスの強化」「代表チームの強化体制確立」が求められていました。

私はガバナンスの強化の文脈で、FIBA タスクフォース「JAPAN 2024 TASKFORCE」の川淵三郎チェアマンの後を受けて2期4年、組織改革と新リーグ設立に関わりました。Bリーグの組織が成長して優秀な方々が加わってきたこともあり、2019年8月末からは一般社団法人日本車いすバスケットボール連盟の理事を務めています。

Bリーグから理事の打診をされた際、率直にどのような思いでしたか。

バスケットボールはスポーツ団体として抜本的な組織改革が必要で、それを外部のスペシャリストを迎え入れて遂行したいということ、さらに女性の理事が求められていることが、私の選任理由だったと聞いています。それまで私が取り組んできた人材や組織に関する専門性を生かして貢献したい、チャレンジしたいと思いました。組織開発を専門とする人材として、数多くの組織の状況を理解していることは非常に価値がありますし、苦労は覚悟した上でポジティブに臨んでいました。

実際、ご苦労はありましたか。

私はバスケットボール界にとっては外部の人間でしたし、スポーツ団体での業務も初めての経験でしたから、バスケットボール界で長くご活躍されている方々の中で発言のタイミングや内容については常に悩んでいましたね。

しかし、理事会では「未来の子どもたちに、日本のバスケットボールを残すにはどうすべきか」という価値観の元に新リーグの設計が行われていましたし、JBAも新リーグも後がない状況でした。私は新しい組織を作っていく役割の一端を担っていましたから、一から組織を作り直していくことに大きなやりがいを感じていました。

車いすバスケットボールとは、どのようなご縁だったのですか。

Bリーグの財務基盤が少しずつ安定し、組織改革の目途が立ったタイミングで偶然、声を掛けていただきました。パラスポーツ団体は組織が非常に脆弱で、ガバナンスが全く整っていない状況でしたので、そこでガバナンス構築に取り組むことが自分にとってより価値がある、やりがいがあると感じ、理事を引き受けさせていただきました。

スポーツ界に入ってすぐ、ある方からスポーツ団体の「競技性」「事業性」「社会性」について教わりました。それらがバランス良く共存し、かつ全てがつながっていることが非常に重要だと思います。しかし、当時は東京2020パラリンピック競技大会の誘致が決まっていた影響で、リソースの多くが代表の強化に費やされていました。必然的に1,000人弱の選手たちが所属する全国71クラブと連盟との連携が全く取れていない状態でした。

私は組織基盤を固めるためにはJBAによるガバナンスが必要だと考え、同会長の三屋裕子さんに相談させていただき、結果、JBAからも理事を選任していただきました。また、新たな理事として現会長の田中晃さんにお声掛けしました。田中さんは当時WOWOW代表取締役で、日本テレビで箱根駅伝を初めて中継するなど、「スポーツ中継の天才」と言われる方です。パラスポーツへの理解や愛がおありですし、もうこの人しかいないと、人づてをたどり直談判に行きましたね。

具体的にどのようなお仕事に取り組まれたのですか。

まず全国のクラブ、つまり地域と連盟のつながりが薄いことに問題意識を持っていたので、オンラインで徹底的にヒアリングをすることから始めました。同時に、役員候補者選考等委員会とアスリート委員会の設立、中長期計画の策定などに取り組み、元々あったコンプライアンス委員会と合わせてガバナンス構築をスタートしました。

中長期計画の策定にあたっては、並行してヒアリングをした方の中から将来の役員候補も選定しました。地域で頑張っている若手の中に、将来の連盟を担う存在が必ずいると考えていたからです。現在では多くの地域の方々と一体となり、中長期計画推進委員会において「未来プロジェクト」という名称で中長期計画の議論や実践を行っています。

健常者と障がい者のスポーツ団体で、求められるものは異なるのでしょうか。

最も大きな違いとして、健常者スポーツでは学校教育を通じて多くの方が競技に触れた経験があることです。その上で中央集権の組織で運営されていますから、その競技を始めた選手たちに続けてもらうグラスルーツと、その中から選手を育成・強化して世界大会や代表活動へつなげていくことで、ピラミッドをどう安定・発展させるかに重きが置かれていると思います。

一方で障がい者スポーツは、そのスポーツに触れるきっかけがありませんから、まずは競技を普及させ、競技者を発掘することから始めなければなりません。まずはスポーツに出会う機会を創出して全国に横展開し、接点となるチャンネルを増やすことが不可欠なのです。

スポーツの社会的価値という観点では、健常者にパラスポーツを体験してもらう機会も非常に重要です。車いすに乗ったら健常者と障がい者の違いは分かりにくくなります。多様性や公平性の理解を深めることはパラスポーツの使命の一つで、健常者スポーツ以上に分かりやすい価値があると思いますし、インクルーシブ・スポーツとも言われる所以です。

例えば、車いすバスケットボールには「14点ルール」があります。障がいの程度によって選手個々に「4.5~1点」のポイントが定められており、障がいの程度が軽度なほどポイントが高く設定されています。そして、コート上の5選手の合計を常に14点以内に抑えなければなりません。障がいにも様々な多様性がある中で、競技としていかに公平性を保つかを深く考えさせられるルールです。私たちは一言で障がい者と言ってしまいがちですが、障がいは実に多様で、かつ特別なものではなく、誰にでもある個性の一つに過ぎないと考えさせられもしますよね。

実際に体験した方は肌で感じることができるのでしょうね。その価値を伝えていく、広げていくためにチャレンジされていることはありますか。

パラスポーツには大きな社会的価値がありますが、現状まだまだ私たちの努力不足で、もっと多くの方に注目していただきたいと感じています。例えば、誰でも参加できる「ONE DAYプロジェクト」のようなイベントを通じて、車いすバスケットボールに触れる機会を増やしたいですし、「なぜ、これをやっているのか」という私たちの活動の意味を、ウェブサイトやソーシャルメディアを通じて発信していくことも大切だと思います。

日本バスケットボール協会の理事も務められていらっしゃいますが、女性スポーツの社会的価値について議論される機会はありますか。

まだまだ深掘りが必要な段階だと思います。今年のWリーグ(WOMEN’S JAPAN BASKETBALL LEAGUE)は過去最高の観客動員数を記録しましたが、まずはWリーグの価値を高めて、より多くの人に応援してもらうことによって収入やスタッフを増やすサイクルを作っていくことが必要な段階だと思います。

JBAとして、選手や指導者を増やす活動にとどまらず、様々な分野で女性が活躍できる場を増やしていきたいと考えています。これはスポーツ界に限った話ではなく、多様な仕事がある中で、女性が参画できる仕事はたくさんあります。スポーツ団体の役員にしても、もっと女性が増えるべきだと思いますし、バドミントン協会や車いすバスケットボール連盟では役員の女性比率が4割以上になりました(スポーツ庁が定めた「スポーツ団体ガバナンスコード」内では目標割合は40%以上とされている)。

女性スポーツにはどのような社会的価値があり、どのような可能性があると思われますか。

女性スポーツを語る際、女性競技として語る場合と、広くスポーツ界でのジェンダー課題の中で女性を語る場合と、それぞれの視点があると思います。前者で言うと、女性スポーツはまだまだ歴史が浅く、競技人口が極端に少ない競技もあり、やってみたい、アスリートとして参加してみたいと思う女性に対して意図的に間口を広げることは重要だと思います。

また、広くスポーツ界でのジェンダー課題の中で捉えると、アスリートだけでなく、様々な競技団体で意思決定(役員)への女性の参加、指導者やレフリーの育成など、男性が当たり前に多数を占める世界に、世の中の半分を占める女性が普通に参画していく機会を作っていくことは、大きな社会的価値があることだと思います。

なぜなら、誤解を恐れずに言うと、スポーツ団体はまだまだクローズドで一般社会から乖離した存在であるからです。スポーツ界の「する」「みる」「支える」全てにおける女性参加促進とその観点からの組織の見直しは、「開かれたスポーツ」への第一歩となり、かつ日本における「ジェンダー平等」への貢献という意味でも、大きな社会的価値があると思っています。

※9月下旬に公開予定の後編では、スポーツならではの価値を生み出すために何が必要なのかなどについて、人と組織のスペシャリストとして語っていただきます。

プロフィール

NECの人材開発部門で10年間従事した後、同社でSE職に職種転換。2003年にスタントンチェイスインターナショナル株式会社にジョインし、2007年より同社代表取締役副社長。2015年以降はジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事、一般社団法人日本車いすバスケットボール連盟理事、公益財団法人日本バドミントン協会理事等、様々なスポーツ団体の理事を歴任。2013年に設立した株式会社TM Futureでは、人と組織の問題、リーダー育成、人の能力を引き出して人と組織の成長を支援するコンサルティング等を行う他、上場企業の社外取締役も担っている。

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