• 社会的価値

2024.09.17

より求められていく社会的価値【後編】

竹内 美奈子

株式会社TM Future 代表取締役

スポーツ団体は非常に特殊な組織だが、組織改革において「ガバナンス」「財務基盤」「人材」が重要であることに変わりはない。

スポーツならでは、その競技ならではの価値を生み出し、周囲に広げていくためには、まずは自らの組織の成長や安定が不可欠である。

だからこそ、人と組織のスペシャリストである竹内氏がスポーツ団体で果たす役割は大きい。

バドミントン協会では、竹内さんはどのようなことを目指して取り組まれているのですか。

村井満さんが会長に就任されるにあたり、ガバナンスの構築や強化が大きなミッションの一つに掲げられていて、私たち役員にはそれをモニタリングする役割があります。パーパスの策定や組織基盤の構築を通したガバナンスの構築に向けて理事会でも侃々諤々の議論をし、執行に反映していただいています。先程も申し上げたとおり、スポーツ団体は「競技性」「事業性」「社会性」の価値のバランスが重要で、価値観が多様なステークホルダーが存在するという意味でも、これまで閉ざされた世界でマネジメトされてきたという意味でも、非常に特殊な側面を持った組織だと思います。その特殊性ゆえに周回遅れになっているガバナンス構築に、私自身も貢献したいと考えています。

社会的価値を生み出し、その認知を広げていくためには、組織として継続的にサイクルを回すための土台が必要なわけですね。

そのとおりです。ですから、財務基盤を強固にする必要があると思います。私は、組織改革においては「ガバナンス」「財務基盤」「人材」が重要で、そのどれか一つでも欠けてはいけないと考えています。財務基盤が安定すれば優秀な人材が確保でき、必然的にガバナンスの強化にもつながるからです。

パートナー企業に社会的価値を伝えていくことも重要なポイントだと思います。

健常者スポーツに比べれば1社あたりの協賛金は少ないかもしれませんが、パラスポーツのパートナー企業の数は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会後も減っていません。その理由は、ESG(Environment・Social・Governance)経営やSDGs(Sustainable Development Goals)といった文脈で、社会的価値を生み出そうとする企業が増えているからだと思います。

スポーツならではの社会的価値を感じることはありますでしょうか。

スポーツにはフェアプレイやインテグリティの精神、夢や目標を持ちそれらを達成するために努力することなどを、アスリートを通じて子どもたちや社会に伝えられる力があると思います。私自身がスポーツ界でチャレンジしようと決めた際にも、そのような側面の価値の大きさを感じました。さらに、パラスポーツにはそれに加えて共生社会の創出という役割もあると思っています。

様々なスポーツ団体に関わられ、団体ごとに価値の違いがあると感じられますか。

村井会長がバドミントン協会のパーパスを作る際に、バドミントンにはどのようなイメージや特徴があるかを調査・分析され、裾野が広いバドミントンは「健康」や「多様性」、「つなぐ」「育む」といったイメージが持たれていることが分かりました。その上でバドミントンにどのような価値や存在意義があるかを定義する、こういう作業はとても大事だと思います。

また、バドミントンは「環境」との親和性が高いと思います。バドミントンのシャトルには水鳥の羽根が使われているのですが、トップレベルの試合では次々と新しいシャトルに交換します。使われなくなったシャトルをどのようにするかを考えることで、環境に対する貢献ができるのではないかと思います。

さらに、Bリーグでは「B.LEAGUE Hope(B.Hope)」という社会的責任活動を行っており、バスケットボールの3ポイントシュートにちなんで「People ・Peace ・Planet」 の3領域で「Off-Court 3point challenge」に取り組んでいます。選手と一緒に復興支援活動を行ったり、難病を抱える子どもたちを試合に招待したりと、自分たちが打ち出すべき社会価値を意図的に特徴づけることができますし、プロ選手の子どもたちへの影響力も非常に大きいと思います。

社会的な価値やインパクトを可視化する方法としてSROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)が用いられることがありますが、外部とのコミュニケーションを進めていく中で社会的価値そのものや、その見せ方に対する期待や要望を感じることはありますか。

障がい者スポーツでは、健常者スポーツより社会的価値が求められるウエイトが高いのではないでしょうか。パラスポーツ団体のパートナー企業は、露出効果だけに価値を求めているわけではありません。様々な社会的アクティベーションをともに行うこともありますし、自分たちがパラスポーツ団体を支えていることを対外的に発信したり、社員の一体感を高めたりすることに活用されています。

現状では、私たちの「ONE DAY」イベントや「チャレンジャーズ」という発掘事業に何人が参加し、前年比で何人増え、その中から代表選手が生まれた、という定性的な伝え方しかできていませんが、そのような取り組みの価値を定量化や可視化することができたら、より広く訴求できるだろうと思います。パートナー企業はどのような価値や効果が得られるかで協賛の可否を判断しますし、さらに言えば自分たちの株価にどう反映したのかという視点も重要だからです。

社会的価値を企業や組織に還元していく方法として、どのようなアプローチがあると思われますか。

露出効果に重きを置いているのであれば健常者スポーツに協賛すれば良いわけですから、私たちと一緒に取り組んでいただいている時点で、パートナー企業の方々がそれ以外の部分に価値を見出してくださっていることは明らかです。そのような中で、例えば私は社員のエンゲージメント向上に貢献できると考えています。

日本では徐々に離職率が高まっていて、私が関与している多くの企業も悩んでいます。もちろん単純な話ではありませんが、「自分の勤めている会社が社会的に意義のあることをしている」「この会社に勤めていて良かった」と社員が実感することで、離職率を抑える効果が期待できますし、車いすバスケットボールがそのきっかけになれると信じています。

まずはパートナー企業の社内で認知度を上げ、次に観戦に来ていただき、徐々に観戦や体験の人数を増やしていっていただく。その上で、社員の方々の会社に対するエンゲージメント調査を行い、車いすバスケットボールに関連する質問も2、3入れていただき、そのスコアを定点観測していく。可能性として、車いすバスケットボールを観戦や体験した方の離職率を下げることにつながれば、企業としては採用や人材育成のコストが抑制できたことになります。

また、非財務の開示情報にパラスポーツへの支援も含めていただくことで、企業のパーパスと同期したメッセージにしていただく。企業としては自分たちの企業価値向上、ひいては株主価値向上のために取り組むわけですから、パラスポーツへの支援が株価につながっていると示すことができれば、さらにその社会的価値が多くの方に支持されると思います。

「競技」「事業」「社会」の価値のバランスを取るためにも、組織体制の整備が不可欠だと思います。「目の前の組織を良くすること」をご自身のパーパスに掲げていらっしゃる、竹内さんが果たす役割は大きいのではないでしょうか。

スポーツ団体は、一般企業以上に組織として多くの課題を抱えていると思います。プロ野球やJリーグ、Bリーグ等の環境は改善されてきていますが、車いすバスケットボール連盟の事務局スタッフは総勢10名しかおらず、他のパラスポーツではスタッフが数名程度の団体が大半です。限られたリソースの中で、何から取り組むかを判断することが重要だと思います。

現状は、大会運営は失敗できませんからリソースを取られがちで、競技面を優先せざるを得ないのですが、裏方で組織を見ている私はガバナンスの構築や強化に取り組まねばならないと思っています。先程も申し上げたように、車いすバスケットボール連盟では役員候補者選考等委員会を立ち上げ、中長期計画の策定・実行を進めています。団体として助成金を得るためにも、スポーツ庁のスポーツ団体ガバナンスコードを満たす必要がありますから、取り組む理由としては明確な根拠があるわけです。ですので、ガバナンスは団体の財務基盤、ひいてはアスリートや支える人たちの環境改善に直結しています。

そして、人材育成、さらには財務基盤の強化に取り組みたいと考えています。車いすバスケットボール連盟においては営業担当の理事を担っています。担当者と一緒にパートナー企業を回り、ESG経営やSDGsの文脈で話をする機会も多くあります。私たちには「競技力の向上」「子どもや地域へのアプローチと活性化」「共生社会の創造」という3つの理念がありますから、それらを体現するために一緒に取り組んでいただく価値をお伝えし、企業の皆さんともWIN-WINのパートナーになりたいと考えています。それによって「ガバナンス」「財務基盤」「人材」の強化が、「競技性」「事業性」「社会性」をつなぐ好循環を生み出し、そのことがスポーツ(団体)の発展につながるものと確信しています。

 

※前編(9/3掲載)は、こちら へ!

プロフィール

NECの人材開発部門で10年間従事した後、同社でSE職に職種転換。2003年にスタントンチェイスインターナショナル株式会社にジョインし、2007年より同社代表取締役副社長。2015年以降はジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事、一般社団法人日本車いすバスケットボール連盟理事、公益財団法人日本バドミントン協会理事等、様々なスポーツ団体の理事を歴任。2013年に設立した株式会社TM Futureでは、人と組織の問題、リーダー育成、人の能力を引き出して人と組織の成長を支援するコンサルティング等を行う他、上場企業の社外取締役も担っている。

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