2016年、利重さんは横浜FMで取締役とチーム統括部長を兼任されました。兼任されるケースは珍しいと思いますが、強化と経営、もう少しかみ砕くと、強化と事業が同じビジョンを描く上で感じたメリットがあれば教えてください。
取締役に関しては、クラブの少数株主であるCFGの代弁者としてのポジション、役割ですね。強化の方では、横浜FMのオーナーでありCFGの大スポンサーでもある日産自動車から依頼を受ける形で、CFGはアドバイザーとしての役割を担っています。俯瞰で見た立場から、クラブから求められるサポートを提供しています。
ただ、当時はクラブの変革や改善を遂行する目的の下、より直接的にハンズオンで役割を果たすべきと考え、一時的に強化部門のトップを兼ねることにしました。兼任するケースが珍しいというのは、まさに強化と事業が同じビジョンを描きにくい構造であることの現れかもしれません。
通常のビジネスで例えれば、開発と営業の関係に似ているでしょうか。会社としての成功や成長を目指す思いは一緒でも、開発側の『良い商品を作ったのだから売れるはずだ』という主張に対して、営業側は『もっと売りやすいもの作ってくれ』と意見が対立しがち。これと同様のことが強化と事業の間でも起こりやすいわけです。
いずれのケースも、ポジティブなぶつかり合いの中で双方が折り合うポイントを見出だしながら、会社やクラブを成長させていくことが必要です。つまり、それぞれの利益を代弁する強化と事業のトップがうまく連携できると、クラブ経営は次のステージに行けると思うのです。
当時の横浜FMでは、改革は順調に進んだのでしょうか。
一概にそうだとは言い切れません。2019年、横浜FMは15年ぶりのリーグ優勝を果たしましたが、2016年の変革の段階で成功の保証は何もありませんでしたし、前シーズンは3冠を達成したCFGを代表するマンチェスター・シティも、当時は世界的な評価を得てはいませんでした。また、今まで慣れ親しんだ方法を変えるのは、いつでも、誰にとっても大変なことだと思います。
しかし、組織や人は外からの影響を受けて初めて大きく変わることができる側面もあります。私自身、当時の横浜FMの方々にとっては外圧のような存在だったかもしれません。CFGと横浜FMの間で板挟みの状況下、双方から叱責を受けることも多々ありましたが、CFGのフェラン・ソリアーノCEOのビジョンには大きな可能性を感じていましたし、新たなクラブ経営の手法を導入できるワクワク感を保ちながら、プロジェクトに取り組み続けることができたと思っています。
それ以前に、ソリアーノ氏がFCバルセロナで世界的な評価を得ていく経緯を、提携関係を持ち掛けた楽天の人間として近くで見ていたことも大きかったと思います。当時のFCバルセロナは、理想的な投資によってチームを強化して収益を再投資するサイクルを回していく、非常に理にかなった経営をしていました。リオネル・メッシ選手(現インテル・マイアミ)やジョゼップ・グアルディオラ監督(現マンチェスター・シティ)の存在も大きいですが、彼らを登用したのもクラブの経営判断が大きく作用していたと言えるでしょう。
それでもマンチェスターからすると、思うように事が進んでいないと判断してプレッシャーを強めてきましたね。CFGには確固たるクラブ経営の考え方があり、日本独特の事情はなかなか理解できません。しかし、日本にも歴史的な積み重ねがある中で、CFGの考え方をそのまま持ち込んでも容易に事は進みません。いかにエッセンスを取り入れるかが重要であると考えていました。
例えば、移籍ルールや選手の契約内容、年俸の考え方などに関しても、日本独特の考え方や価値観があり、すぐに変えられるものでも、完全に変えるべきものでもありません。欧州の考え方を取り入れつつ、日本の実態と乖離している部分をどうやって埋めていくかを常に意識していました。
おかげさまでその後、横浜FMは2022年にもリーグ優勝を果たし、ファンベースの拡大、質の向上という部分でも結果が出ています。これはクラブ自身が改革の意図に共鳴し、主体的に継続しているからこそではありますが、私自身もそのきっかけの一端を担えたことには大きな喜びを感じています。
強化部長やゼネラルマネージャーを担う方には、どのような能力が求められると思われますか。
CFGと横浜FMの関係では、特に外国籍選手の獲得において直接的な価値を生み出しています。継続的に優れた選手を獲得する仕組みやネットワークを持つことで、以前のように代理人に依存することなく、より安定的にコストパフォーマンスの高い供給体制を築くことが可能になりました。
今夏の移籍期間だけでも、CFGではグループ全体で300人にも及ぶ選手との契約を行っており、そこで得られる知の集積にはすさまじいものがあります。横浜FMの強化部長にこの価値を使い倒してもらえるようサポートしていくことも、CFG日本オフィスの大きな役割の一つになっています。
サッカー界はダイナミックに動いていますし、日本も選手のレベルが格段に上がってきたことで、否が応でもグローバルプラットフォームに組み込まれていく過程にあります。そんな中、世界の動きに対して目が向いているか、その情報の出し入れができるか否かは、クラブの強化部門を担う上で大きく問われることになると思います。
その上で、選手を単なるコストではなく、クラブの価値や収益を高める大事な資産と考え、選手編成等のマネジメントを行う能力が求められます。その意味では、経営側がどういう判断基準で強化部長を任命するのか、どのような人材を強化部長として招き入れようとするのかが、さらに重要なポイントになってくるでしょう。
今後、日本で強化部を担える人材が出てくる風潮を感じられていますか。
はい、それは間違いありません。私たちの世代では、スポーツビジネス業界でのキャリア構築をスタート時に考えることは難しかったですが、今の20-30代の世代はキャリアパスとして捉える方も増え、優秀な人材が数多く入ってきていると感じています。彼らをどう引き上げていくか、いかに良い環境を作っていくかは、先行する私たち世代にとって義務であると認識しています。
強化部は多岐にわたる能力が求められ、結果が出なかったら批判され、非常に厳しい仕事ですが、達成感を得られるのはどういう瞬間でしょうか。
強化部は本当に裏方ですし、結果次第で批判されますが、非常にやりがいがあって面白い仕事だと思います。一つの大会では、一つのクラブしか優勝できないわけですから、ほとんどのクラブは評価されないわけですよね。さらに、結果が出ないと批判されるにもかかわらず、結果が出たときに評価されるのは、監督や選手たち。それは当然のことで、強化部が日の目を見る機会は多くありませんが、たとえ10年に1回しか優勝できなかったとしても、充分に大きな達成感が得られる仕事だと思っています。
※前編(10/10掲載)は、こちら へ!