• パートナーシップ

2024.02.22

業務改革を通じて得た学び【前編】

川岸 滋也

東京フットボールクラブ株式会社 代表取締役社長

前回から「パートナーシップ」をテーマにお届けしているインタビュー。お二人目は、東京フットボールクラブ株式会社 代表取締役社長の川岸滋也氏にご登場いただいた。

複数の業界トップ企業で得てきた様々な経験が、現在の仕事にどうつながっていくのか。同氏の考え方を理解するために、前編ではバックボーンの話題を中心に伺った。

まず、東京フットボールクラブ株式会社(以下、FC東京)の代表取締役社長に至るまでのご経歴を教えてください。

2022年2月までの社会人として約23年の間で、NTTドコモ、ミクシィ、リクルートに勤め、2020年にミクシィに戻ってきました。ドコモでは社内で企画を通すことに苦労しましたが、新しいサービスを作ったり、事業を立ち上げたりを試行錯誤する中で鍛えられましたし、数年は営業の大変さも経験しました。

ミクシィではネットの事業開発に携わりました。ドコモではドコモユーザー向けにコンテンツを作っていたため、転職したことでコンテンツづくりにおいて選択肢が広がりました。当時の日本のSNSではミクシィが最も認知度が高く、飛躍的にユーザーが増えていた時期で、SNSをプラットフォーム化する業務を担当しました。

具体的には、BtoBtoC(Business to Business to Consumer)ビジネスを推進する上で、どういうビジネスモデルを作るのか、ステークホルダーとどういう関わり方をするのかを検討しました。4年間で約1,500枚の名刺交換をするほど社外の方々と交流し、皆さんと一緒に毎年1つのペースで新しい事業を立ち上げていましたね。様々な事業について学ぶことができましたし、アライアンスを組んで協業する、一緒にマーケットを作るということを経験させていただきました。

リクルートでは、どういったご経験をされたのでしょうか。

紙からネットにメディアが移行していく2010年代前半に、グループの中で移行が遅れている会社やプロダクトのネットシフトを加速させる役割を担いました。加えて、ネットビジネスの推進や組織のケーパビリティ向上を検討したり、エンジニアの人事評価制度を作って採用活動を行ったりと、組織づくりにも関わることができました。

実は病気で1年ほど仕事を休みましたが、復帰後はコーポレート人材としての役割を果たしながら、働き方改革をテーマに新規事業を立ち上げました。今で言うSaaS(Software as a Service)ですね。リモートワークはコロナ禍で一般的になりましたが、リクルートでは、その3年ほど前からリモートワークを取り入れ始めていました。

リモートワーク実現のために必要なITシステムを検討していくと、最終的にはBPR(Business Process Re-engineering)、つまり業務や組織の根本的な改革に行きつきます。会議のやり方を変えよう、ペーパーレスにしよう、メールではなくチャットを使おう、メンバーの評価をどうしよう等、種々の課題が出てきます。これを進める中で様々な部署とディスカッションを行いましたし、経理、財務、税務、法務、総務、人事とコーポレート部門を横断的に見て、それぞれの仕事のやり方を学べたことも貴重な経験でした。

また、子会社の業務支援を担当し、営業組織の業務改革に着手しました。例えば、リクナビ等の営業チームが成果や目標をどのようにマネジメントしているのか、どのようにプロセスを回しているのかを考慮し、働き方改革を検討しました。これを通じて、営業の業務の考え方や進め方を理解することができました。FC東京のパートナーシップ部門においても、営業チームをどう動かしていくかということは同じですから、当時の学びがヒントになっています。

 

そして、再びミクシィに戻られるわけですね。

ミクシィに戻ったのは、コロナ禍の2020年です。ミクシィは当時もFC東京のユニフォームの胸スポンサーでしたが、株の保有数としてはマイノリティで、会社としてFC東京のプロジェクトをどう進めていくかを検討している時期でした。FC東京のグループ会社化も選択肢にあった中で、私は、スポーツ業界でネット事業を立ち上げる業務と並行してFC東京に関わっていました。その後、クラブの生みの親である東京ガスさんと未来に向けた議論を重ねた結果、ミクシィがFC東京の経営権を持つことになり、私が社長に就任することになりました。

業界ごとにビジネスの特異性があると思いますが、スポーツビジネスの特異性をどう感じられましたか。あるいは、感じられていますか。

スピードが非常に遅いと感じています。基本的にスポーツのシーズンは年1回ですから、PDCAサイクルを1年に1回しか回せません。私が経験してきたビジネスの中では圧倒的に遅くて、大変だなと。「ドッグイヤー」と言われるほどスピードの早いIT業界と比べると、PDCAサイクルを全く回すことができず、スポーツビジネスで何かを改善しようとしたら、翌年になってしまうことが多いわけです。

例えば、予算執行の決裁を確認する際に、この企画や施策は本当にこれで良かったのかと感じても、再検討が難しいタイミングであれば、その改善や修正は翌年に回さざるを得ません。私自身の頭の中で、「前年のうちに考えておくべきだったな」とか、「前もって伝えておけば良かったな」と悔やむケースが今でも多々あります。

それは、スポーツビジネスに関わる人材の成長にも影響を与えることになるのでしょうか。

いえ、何をもって成長とするかだと思います。PDCAサイクルの期間が長ければ、一つひとつの業務に精通する、深く考える、やり切るという点で成長することができます。IT業界のようにサイクルが短すぎると、早い段階で諦めてしまうなどのデメリットもありますし、どちらがいいとは一概に言えないと思います。

 

今回のテーマであるパートナーシップについては、どのように考えていらっしゃいますか。

「スポンサーシップからパートナーシップへ」と広く言われていることには同意で、FC東京でも今年から協賛企業をオフィシャルパートナーと呼ぶように変更しました。今までのように企業名や商品名を単純に露出するだけでは、企業側も価値を評価しにくいのでしょう。企業のニーズや課題は多種多様ですが、スポーツの文脈を生かした取り組みやファン・サポーターの方々との接点づくりなど、我々のアセットをカスタマイズして組み合わせることで、様々なニーズにマッチングできると考えています。

クラブと企業が一緒に何かを解決していく関係性はスポンサーではなく、まさにパートナーです。プロスポーツクラブは、ある意味でメディアだと言えます。FC東京を通じて何らかの課題解決を行うことや、企業や商品にとってのメリットを提供するなど、単純な広告換算価値以上のものが期待されていますし、クラブとしてはパートナーに対してその価値を具体的に説明しなければいけません。

プロスポーツクラブの4大収入(チケット、パートナー、グッズ等、放映権)の中で、パートナー収入が最も大きな割合を占めるのでしょうか。また、それは理想的な状況でしょうか。

他のJ1クラブ同様、FC東京ではパートナー収入が全体の約半分を占めます。しかし、決して理想的なバランスではありませんし、チケットや飲食、グッズなど、ファン・サポーター関連の収入を増やす必要があると思います。また、リーグ全体として放映権収入を伸ばし、クラブへの配分金が増える構造が理想ではないでしょうか。欧州の5大リーグと単純に比較しても仕方ありませんが、彼らの財務構造を見ると放映権収入や配分金の割合が非常に高いゆえに、クラブが投資しやすい環境にあるのではないかと思います。

現状Jリーグでは、J1とJ2の配分金に欧州リーグほどの大きな差はありません。J1からJ2に降格してしまったら、集客数が大きく落ち込み、離れていくパートナーもいるでしょう。財務リスクが非常に大きいため、どのクラブも降格リスクに対して敏感にならざるを得ないわけです。

一方で、J2からJ1に昇格したからといって、それだけで簡単に収入が伸びるわけではありません。責任企業の強力なサポートがあれば話は別ですが、一般的に考えれば昇格初年度に選手人件費を一気に増やすことは難しい。結果として、どうしてもピッチ上で厳しい戦いを強いられ、再びJ2に降格する可能性が高くなってしまいます。ですから、昇格に伴って配分金が大きく増加して選手人件費の原資が確保でき、経営の安定化につなげられることがクラブにとっては理想だと思います。

後編はパートナーシップに関して、より深い議論をお届けする。

プロフィール

慶應義塾大学を卒業後、1999年に株式会社NTTドコモ入社。コンテンツ開拓やポータル運営、Webサービスの立ち上げ等に携わる。2008年に入社したミクシィでは主にプラットフォーム戦略を担当し、2012年にリクルート入社。ネット事業開発やコーポレート部門で活躍後、2020年にミクシィに復帰した。スポーツ事業部の事業部長を経て、2022年2月にプロサッカークラブであるFC東京を運営する東京フットボールクラブ株式会社の代表取締役社長に就任。豊富なビジネス経験を生かして、首都・東京に拠点を置くクラブの価値を最大限に高めるチャレンジを行っている。

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