• パートナーシップ

2024.03.06

ニーズに寄り添えなければ価値が評価されない【後編】

川岸 滋也

東京フットボールクラブ株式会社 代表取締役社長

後編では、パートナーシップ部門に取り入れた目標やプロセスのマネジメントについて、具体的に解説していただいた。

目標を明確に定め、その道筋を細分化して「科学する」ことで、確度の高いビジネスが可能になる。

一つひとつは先進的な考え方ではないかもしれないが、当たり前のことに徹底して取り組むことが重要なのだ。

パートナー収入を伸ばすために、どのような取り組みを行っているのでしょうか。

先程もお話ししたとおり、パートナー収入は最も大きな事業ですから、私自身も最も意識している部門です。この話を進める前にお伝えしたいのは、前提として私は営業を専門にしてきた人材ではないということと、実際に成果を挙げてくれているパートナーシップ部門のメンバーに感謝したいということです。

私が社長に就任して各部門の予算や施策を検討するにあたり、パートナーシップ部門に関してしっくりこない点がありました。具体的に言うと、目標設定や目標管理の方法、そしてプロセス管理の方法についてです。目標設定については、各メンバーの目標数字を足し算しても部門の予算が達成できない状態で、誰がその差を担当するかが定まっていませんでした。

本来、組織長は自分が預かる数字を、自身を含めたメンバー全員に割り振ります。それによって各メンバーの目標が明確になり、数字のコンディションが悪いときに誰と目線合わせをすればいいかが定まります。私が過去に在籍した会社では、各自が自分で目標を設定するのではなく、基本的には組織長が部下の目標を設定していました。これは、自身の目標である自組織の目標を因数分解しなければ成立しません。企画職とは違って営業職は結果が数字に表れますから、数字を明確にして把握することが重要です。

プロセス管理というのは、具体的にどういったことでしょうか。

プロセス管理についても、営業を中心に様々な部署の業務プロセスを学んだ経験が生きています。以前のFC東京の営業は、どちらかと言うと問い合わせを受けるのが主体のスタイルで、自分たちからアクションを起こすケースは多くありませんでした。しかし、いつまでも受け身だとパートナーは増えませんし、景気に大きく左右されてしまいます。

スポーツは非常に難しい商品を売っていて、成約率が低い商売だと思います。パートナーと握手できるまでのプロセスは長く、1年、2年とかかる場合もあります。その中で確実に業務を進めていくためには、まずアタックリストを作り、ロングリスト、ショートリスト、商談リストのような資料を元に、全体の状況を把握することが必要です。どのくらいの件数がアタックリストにあれば、最終的に1件成約できるかということを、科学していかなければいけないわけです。

アタックしているのは何件で、商談しているのは何件で、商談が成約する確率はどの程度なのか等、全てをステップの中で把握しておく。各企業の状況が把握できていれば、仮にある契約が成立しなかったときに、次に何をしなければいけないのかが明確になります。全体が把握できないと、確度の高い業績予測を立てることもできません。

つまり、組織長やマネジャーの仕事は、全体の進捗状況を把握し、各メンバーが成約できるところまで伴走してあげることだと言えます。スポーツクラブのパートナーシップは簡単に科学できる商品ではないと感じていますが、営業のセオリーに沿って業務を進めることが重要だと思います。

科学できないと感じる理由は何でしょうか。

最終的な商品形態のカスタマイズ性が非常に高く、カタログで売れるものではないからです。金額設定にも明確な正解がありません。パートナーとディスカッションしながら施策の内容や金額を決めていくため、高度な営業力や提案力が求められますし、クラブの価値を客観的に提示する力も必要です。

例えばリクルートでは、プロセスのある部分の数字の変化によって、売上が何パーセント変わるかが科学できていて、現状が良いのか悪いのか、悪いなら何をすべきかを議論することができます。私が業務改革を担当していた当時、営業のマネジャーたちはメンバーの商談時間の確保と、商談の質の向上に注力していました。もし30分確保できれば、何件の電話が掛けられ、何件の成約に結びつく可能性があり、売上がこれだけ増えると考えるわけです。

非常に重要な考え方ですね。それを、FC東京でどのように浸透させているのでしょうか。

1つ目は、時間的な束縛を解くことから始めました。パートナーシップ部門は比較的に若いメンバーが多いため、試合運営の現場で多くの業務を担っていました。もちろん、社員がホームゲームに関わることは重要ですが、クラブ全体のことを考えると、営業担当者の時間は「営業」に使うのが最も効果的です。状況を整えるまでに1年以上かかりましたが、今では試合日にパートナーをアテンドしたり、商談中の企業を招待したりするなど、彼らは本業に時間を割くことが可能になっています。

2つ目は、人事です。ここまでお話ししてきた私の意図を理解しているスタッフを配置して、目標やプロセスのマネジメントを担当してもらっています。パートナーシップ部門のメンバーは全員が営業経験者でハードワークができますし、キャラクターもチャーミングです。彼らがどこに向かえばいいのか、どの数字を追いかければいいのかを明確にしてあげることで、数字に変化が生まれています。

ビジネス界の当たり前をスポーツ界で自然に取り入れることが大事だと思いますが、社長に就任されて違和感など覚えたことはありましたでしょうか。

特に違和感はありませんでした。普通のことを普通にやればいいという視点で考えた際、目標設定を明確にしてあげることが必要だと感じました。エネルギーを持ったメンバーですから、目標が定まってベクトルがしっかりと合えば、力強く走ってくれるだろうと。あとは、クラブを発展させるために、何の業務に社員の時間を掛けるべきかを考えてほしいという話はしています。

パートナーシップにおいて、FC東京ならではの取り組みはありますか。

to Bのビジネスをしている企業の認知度を高めたいというニーズや、SDGsやサステナブル経営が求められる中で、スポーツ、社会連携、地域貢献といった文脈で何かしたいというニーズもあります。また、スタジアム来場者に対するタッチ&トライのニーズ、スポーツのクリーンなイメージを活用してブランド価値を上げたいというニーズなど、本当にパターンが豊富です。クラブとして何か特定の新しい取り組みというよりは、パートナーの課題やニーズをしっかりと捉え、それに対して商品を提供できるかがポイントだと考えています。

勝利やスター選手などの不確定要素ではなく、自分たちがコントロールできる要素に目を向けることが大切ですね。

例えば、FC東京では花火をあげたりレーザービームを活用したり、ホームゲームの演出に力を入れていますが、その演出をスポンサードしてくださるパートナーがいらっしゃいます。つまり、FC東京は非常にエンターテイメント性が高いと認知してくださり、企業イメージの向上に活用したいというニーズにマッチしていると言えます。

確かに、試合の演出はユニークなアセットですよね。冒頭でお話しいただいたとおり、スポンサーからパートナーシップへと移行していく中で、パートナーシップの潮流はどうなっていくと思われますか。

転換期なので私自身も考えが定まらないですが、以前に比べると確実に売るのが大変な商品になっています。パートナーのニーズに寄り添うことができないと、我々の価値が評価されません。その価値を客観的に示すには工夫が必要ですが、しっかりと伝えていくしかないと思います。

今後、リーグやチームの価値がさらに上がっていけば、新しいマーケットにもアプローチできるでしょう。現在、FC東京は国内企業としか契約できていませんが、我々には「TOKYO」というブランドがあり、アジアや世界に対するPR効果がありますし、海外企業とのパートナーシップも増えていくと思います。どのような可能性があるのか、何ができるのかを引き続き考えていきたいと思います。

プロフィール

慶應義塾大学を卒業後、1999年に株式会社NTTドコモ入社。コンテンツ開拓やポータル運営、Webサービスの立ち上げ等に携わる。2008年に入社したミクシィでは主にプラットフォーム戦略を担当し、2012年にリクルート入社。ネット事業開発やコーポレート部門で活躍後、2020年にミクシィに復帰した。スポーツ事業部の事業部長を経て、2022年2月にプロサッカークラブであるFC東京を運営する東京フットボールクラブ株式会社の代表取締役社長に就任。豊富なビジネス経験を生かして、首都・東京に拠点を置くクラブの価値を最大限に高めるチャレンジを行っている。

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