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2024.04.23

それは、何のためなのか【後編】

岡田 武史

株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長

中国での経験から何を感じたのか、日本サッカー発展のために必要なことは何なのか。

長年、日本サッカー界を牽引してきた岡田氏だからこそ達した境地がある。

国のトップリーグの在り方は、その国の在り方から導かれるべきだという。

当初、経営のことは何も分からなかったとおっしゃっていましたが、独自の型ができている印象を受けます。

最初はBS(Balance Sheet:貸借対照表)やPL(Profit & Loss Statement:損益計算書)も読めなかったので必死に勉強しました。何人もの経営者に多くのことを教えてもらい、とにかく赤字を出さないように取り組んできて、スタジアムの建設費の返済が始まった昨年度(第9期)までは基本的に赤字を出さずに何とかきました。最初の2年半は自分の給与を出すことができず、本当に少しずつ上げているのが実態です。

会社の収入を語る上で中国での実績は外せないと思いますが、どのように成果を出されたのでしょうか。

2012年から2年間、私が監督を務めたクラブとの契約を通じてです。監督退任後、オーナーの要望を受けてトップチームのアドバイザー契約を結びました。しかし、どうしても育成も見てほしいと相談を受け、育成部門も統括することになりました。そして、4年に1度の中華人民共和国全国運動会に出場するチームも指導しました。関係者たちにとっては非常に重要な大会で、必死なんですよね。そこで準優勝という結果を出して信頼を勝ち取りました。

我々が派遣しているコーチは高く評価され、しっかりとしたビジネスとして成り立っています。現在、多くの日本人指導者が中国やタイなどに行っていますが、個人契約なだけに給与不払い等が発生するケースもあります。それに対して我々はクラブ間で契約し、指導者の給与は我々が支払っているので、コーチたちにも安心感があるでしょう。中国で経験を積んだコーチがFC今治に帰ってくるというローテーションも始まりました。

中国のクラブとの関係は、選手のスカウティングにも役立っているのでしょうか。

先方から包括提携を進めたいという要望があって、若い選手が留学してきたり、指導者の勉強会をしたり、私自身が中国に行って現地のコーチを指導したりしています。3月中旬に発表しましたが、トップチームの若い選手(宁方泽 選手)が期限付き移籍でFC今治に加わりました。

海外の人々と信頼関係を築くためには、どのようなことが必要だと思われますか。

結局、国内でも海外でも物事をうまく進めるためには、やはり人と人との信頼が一番大事です。海外、日本で言えば各地域にどれだけ入り込んでいけるかとか、どれだけ現地の人の身になって考えることができるかとか、そういうことが基本ですよね。

ゴリラ研究の第一人者である京都大学の山極壽一先生は、研究のためにアフリカの原住民と一緒に行動しなければいけないのに、当然ですが現地の言葉は話すことができなかったそうです。では、どうやって入り込んでいくかと言えば、原住民と同じ生活をして酒を組み交わすなど時間を共有することで、彼らも少しずつ話をしてくれるようになるそうです。この過程を経ないと、いくら高い謝礼を払っても動いてくれないんですよね。

Jリーグや日本サッカーの成長のために、クラブやクラブの責任企業ができることは何だと思われますか。

何事においても、一番大事なのは目的を考えることです。チームを勝たすことが何のためなのか、クラブ自身もオーナーも明確な目的意識が必要だと思います。つまり、何のためにクラブが存在しているのかということですね。クラブ全員の意思統一ができていれば、関わる人たちの意欲が違うし視座が高いですから、少々のことでぶれなくなります。

FC今治には「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念があり、それを実現するために勝たなければいけない。明確な目的を定めて逆算しているからこそ、優秀な社員が目的意識を持って集まってきてくれているのだと考えています。

現在、我々はサッカークラブ以上の存在になることを目指して、新しいコミュニティづくりに取り組んでいます。世界の秩序が変化していくときに大上段から方向付けできる人は現れないでしょうから、私はボトムアップで共助のコミュニティを作っていくしか解決策はないと思っています。こういったことを実現するための方法の一つとして、プロサッカークラブを運営しているわけです。

岡田さんは日本サッカー協会の副会長も務められていらっしゃいます。

私が日本サッカー協会で貢献できている理由は、様々な物事に対して「何のためなのか」を常に言及しているからです。例えば、WEリーグ(Women Empowerment League)設立に向けて検討されていた大目的は、日本の女子サッカーが世界で勝つためでした。それは間違いではありませんが、より多くの共感や協賛を得るためには、女性の地位向上などに対してサッカーが先頭を切って取り組む、サッカーを通じて社会を変えていこうなど、大きなビジョンを示す必要があるという話をしました。

日本サッカーが世界で勝つために、JリーグやWEリーグが欧州に勝るリーグを目指すことは否定しませんが、それだけが目的で本当にいいのかと私は考えています。「失われた30年」という言葉はネガティブに捉えられがちですが、決してそんなことはなく、日本は文化的な成長で幸せに生きていける、最先端の国にならなければいけないと思うのです。

地球の資源は有限ですから、人口が増え続けて全ての国が成長を続けていったら、争いが起こるのは必然です。日本はそれを解決できる国になるべきだと考えると、その国のプロサッカーリーグがどうあるべきなのかを考える必要があるはずです。世界で勝負して売上高で勝つとか、本当に大切なのはそういうことだけではないと考えています。

 

※前編(3/27掲載)は、こちら へ!

※中編(4/9掲載)は、こちら へ!

プロフィール

1956年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後は古河電気工業サッカー部に加入し、日本代表としても活躍。引退後は、日本代表監督として2度のワールドカップに出場した他、コンサドーレ札幌でJ2リーグ優勝、横浜F・マリノスでJ1リーグ連覇を果たすなど、指導者として数々の成績を残す。2012年から中国スーパーリーグの杭州緑城の監督を務めた後、2014年に株式会社今治.夢スポーツ代表取締役となり、2016年より現職。2023年には学校法人今治明徳学園の学園長に就任し、2024年4月よりFC今治高校をスタートさせた。

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